フィリップ・コトラーが、マーケティング3.0を米国で発表したのが2010年、あれから15年が経ちました。マーケティング1.0が製品中心のマーケティング、2.0は消費者志向のマーケティング、そして3.0が価値主導のマーケティングです。
3.0では、企業のビジョン・ミッション・価値が、企業のマーケティング・ガイドラインになりました。1.0では製品の説明、2.0では企業の製品とポジショニングであったことを考えると、かつてなかった大きな変化です。実際、消費者との交流という観点では、1.0が1対多数の取引、2.0が1対1の取引、3.0では多数対多数の協働となっています。協働マーケティング、文化マーケティング、スピリチュアルマーケティングの融合が、マーケティング3.0であるとしています。
その後、コトラーは2017年にマーケティング4.0、2021年にマーケティング5.0を発表しました。いずれも3.0の延長線上にあり、人々の自己実現にフォーカスしたマーケティングの考え方を推し進めました。4.0は、「カスタマー・ジャーニーのあらゆる面をカバーするために、人間中心のマーケティングをどのように深化、拡大すればよいか」を論じています。そして、5.0では「人間を模倣した技術を使って、カスタマー・ジャーニーの全行程で価値を生み出し、伝え、提供し、高めること」だと説き、デジタルテクノロジーの活用の新戦術まで踏み込みました。
このような3.0をベースにした価値主導型マーケティングへの転換は、マーケティングチャネルのあり方そのものにも大きな変化をもたらします。というのも、上記のとおり、3.0では消費者との交流、つまり消費者との接点であるチャネルが多数対多数の協働になるからです。
協働者としてのチャネルというというのは、チャネルパートナーの「目的・アイデンティティ・価値」が、自社のものと似通っていることが前提として必要になります。そういった適切なパートナーを見つけることから、チャネル管理が始まります。そして自社はパートナーと「統合してブランドストーリーにインテグリティを持たせる必要がある」と、コトラーは述べました。
そのコトラーは、チャネルパートナーシップには、4つの段階があるとしています。第1段階は単一チャネルの段階で、限定された地域内での全ての販売を自社営業部隊か単一のチャネルパートナーがカバーします。
第2段階では複数チャネルの段階です。この段階では、プロダクト、セグメント、地域によって、チャネルパートナーを使い分けることはしません。ここでの特徴は、買い手がプロダクトを手に入れやすくするため、流通企業や異なる販売チャネルの増大をとおして、販売地域を拡大したとしても、販売地域や販売相手の活動を制限することはないということです。このため、流通企業どうしやチャネル間でのコンフリクトが発生します。
第3段階は地域別チャネルの段階です。ここでは「自社の市場を地域、消費者セグメント、もしくは製品セグメントによって分割」します。この段階では、チャネル間のコンフリクト回避のために、流通企業やダイレクトチャネルの活動を明確な境界やルールを敷くことで区分します。
第4段階は統合型マルチチャネルの段階で、一つのセグメント市場や地域市場で異なる複数のチャネルが分業します。企業は様々なチャネルに仕事を分担させることで分業が成立し、共存、協働することを可能にしています。たとえば、需要喚起はウェブサイトで、消費者体験は直販店で、流通とサポートは再販業者で、法人顧客への販売と再販業者の紹介は営業部隊が行うといった例を、コトラーは挙げています。
第4段階では、企業はチャネルパートナーをとおして、プロダクトのストーリーを広めながら、チャネル・コンフリクトは起こさずに、買い手に対してプロダクトを提供しています。ただ、これを実現させるためには、自社に確固たる価値観や信念があることが前提になります。口先だけだったり、依って立つものがしっかりしていなければ、真のパートナーシップを築くことは難しく、いわば明確な規律の下に皆が動く戦略思考がそこには厳然と存在するということになります。
コトラーのいう限定された一つの市場で、異なる複数のチャネルが分業し共存する統合型マルチチャネルの概念と、考え方で共通するところがあるものに、産業のレイヤー構造化があります。レイヤーすなわち階層化とは、ビジネスの要素を複数の層(レイヤー)に分けて、それぞれを連携させる仕組みやシステムのことをいいます。これは、従来の単層的なバリューチェーンでは説明しきれない産業構造で、特にプラットフォームビジネスに代表されるものです。このレイヤー構造化された世界では、消費者が直接プロダクトを、自由に組み合わせて選択できる点に大きな特徴があります。
続きは次回にしたいと思います。