以下はプライシングの5原則です。
1. 価格は、コストプラス法にみられるような生産コスト上乗せ方式ではなく、プロダクトが買い手に提供する価値に基づいて設定する必要がある。
2. 価格は、買い手がプロダクトに見出す価値の相違によって、カスタマイズすべきである。
3. 価格は、買い手の心理(特に参照価格とその変化)を考察して設定する必要がある。
4. 価格は、買い手の価格心理の理解に加えて、競合他社がどのような長期目標と戦略を立てているかを慎重に分析し、且つ自社の動きに対して、競合がどのように反応するかを見極めて設定する必要がある。
5. 上記4つを実践するためには、はじめに自社プロダクトの市場におけるポジショニングを明確にして、自社の目標と整合性のある価格を設定しなければならない。
前回(価格その24)は、プライシングの原則1から3までを述べました。今回は、原則4と5についてです。ここまでのブランディング(7)マーケティングミックス③価格については、以下のリンクからご覧ください。
価格その1(価格の多様性)、その2(価格検討3つのレベル)、その3(プロダクトレベルでの検討)、その4(先発企業の価格戦略①)、その5(先発企業の価格戦略②)、その6(先発企業の価格戦略③と後発企業の価格戦略)、その7(経営の意志)、その8(ライフサイクル①)、その9(ライフサイクル②)
その10(消費者の価格概念)、その11(内的参照価格①)、その12(内的参照価格②)、その13(バリュープライシング)、その14(EDLP)、その15(価格の測定尺度)、その16(プライス・カスタマイゼーション①)、その17(プライス・カスタマイゼーション②)、その18(プライス・カスタマイゼーション③)
その19(プライシングのセグメント①)、その20(プライシングのセグメント②)、その21(プライシングのセグメント③)、その22(新商品のプライシング①)、その23(新商品のプライシング②)、その24(プライシングまとめ①)
原則4は、「 価格は、買い手の価格心理の理解に加えて、競合他社がどのような長期目標と戦略を立てているかを慎重に分析し、且つ自社の動きに対して、競合がどのように反応するかを見極めて設定する必要がある」です。
ここでは、競合企業の数と競合企業間の差異に着目します。通常、競合企業の数が多ければ競争は激化します。ただ、数が多くても、たとえば建設業界のようなスーパーゼネコン5社のように、各社1兆円以上の売上げがあり、大規模プロジェクトの多くを請け負い、5次くらいまでの系列があるような場合には、実態として最適価格での契約がどうしても難しくなることがあります。談合とまではいかなくても、暗黙のうちに価格設定の面で協調し合うような関係が生まれます。
このようなケースを考慮すれば、つまり競合企業間の差異については、コスト構造、市場シェア、プロダクト構成、技術基盤の相違が大きければ、競争は激しさを増す傾向が高まるということがいえるでしょう。
次に、価格を下げることで短期的利益をどれくらい上げられるかを考えるべきです。当然のことながら、大きな短期的利益が見込める場合は、価格競争が起こる可能性が高まります。実際、囚人のジレンマにあるとおり、価格競争は簡単に生まれることに注意しなければなりません。
また、売上げやシェアを伸ばすことを目的としたもの以外にも、たとえば過剰生産によって在庫がだぶついていたり、プロダクトどうしが似通っていてどちらか片方に買い手をシフトさせる必要があれば、価格の引き下げは起こります。ケースはいろいろありますが、いずれにせよ競争の観点から、業界全体の価格水準を考えることが重要です(ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その2)。
競合他社の動きを予測するためには、他社プロダクトの戦略上の目的を理解しなければなりません。とりわけ当該プロダクトの将来における重要性をおしはかって、売上げやシェアにどれくらい拘っているのかを見極めることが重要です。この時、競合のコスト構造と財務上の強さを推定して、どれくらいまでなら価格を引き下げることが可能なのかを掴むことです。
ピーター・ドイル(イギリスのウォーリック・ビジネススクール元教授)は、以下のようにして、競合他社の価値を評価することを薦めています。
①フォーカスグループによるプロダクトの属性を把握し、品質を多角的に評価するための要素(次元)を明確にする。
②品質の次元を重みづけし、顧客が最も重視する属性を決める。
③属性に基づき競合他社を評価する。特に最も重視している属性について、顧客が競合他社のオファーをどう評価しているかを調査する。
④望ましい価格と品質の組み合わせを顧客にランクづけしてもらい、その選好にしたがって顧客をセグメントする。
つまり、顧客は最高の知覚価値を提供してくれるプロダクトを選ぶということを前提に、顧客が知覚するプロダクトの品質を高めるか、価格を引き下げるかということになります。但し、調査をする時には、あらゆる市場がセグメント化されている状況下であっても、全ての買い手が同じ価値の組み合わせを望んでいるわけではないため、特定のセグメントごとに価値を設定しなければならないと、ドイルは注意を促しています。
企業の先発後発の価格戦略については、テリスの9つの価格戦略(価格その4、価格その5、価格その6)で、プロダクトのライフサイクルステージについては価格その8、価格その9で詳説しています。
原則5は、「 上記4つ(原則1から原則4まで)を実践するためには、はじめに自社プロダクトの市場におけるポジショニングを明確にして、自社の目標と整合性のある価格を設定しなければならない」です。
つまり、価格設定は、自社が望む市場でのポジション→価格→コスト→設計開発というながれであるべきで、従来からの多くのながれ(上記のながれの逆)であってはならないということです(ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その7)。
ポジショニングを明確にして、目標と整合性のある価格を設定することは、そう簡単にはいかないこともあるでしょう。というのも、プライシングが組織間の対立を招くことが珍しくないからです(そもそもマーケティングや新商品開発自体が、自社内各組織間のコンフリクトを生みやすい活動です)。
商品企画/マーケティング、研究開発、生産、営業、財務、経営/事業企画、物流などが目指す方向や機能の違いによって、プライシングは直接的な影響を被ります。とりわけ商品回転率の高い一般消費財メーカーにおいて一時的な値下げを行う場合などは、生産や物流に過度な負担を強いることが珍しくなく、半ば恒常的に感情面の対立に発展することがあります。
プライシングは小手先のテクニックでは乗り切れません。包括的、全体俯瞰的なアプローチが必要であり、プライシングに責任を負うマネージャーを配置することに留まることなく、経営の意思統一とリーダーシップによって進められるべきです。
効果的なプライシングを行っていくためには、関係各部署とそこで働く従業員に対して、プライシングの目的とメリットなどを明示し、教育をとおした周知徹底が何より重要です。
そのためには、プライシングについて的確な意思決定が行えるよう、中核となるタスクを定義し、プライシングプロセス特にプライシング計画立案のプロセスを標準化させることがまず必要でしょう。併せて、各部署と密に連携するプライシングチームを配置し、プライシングの最高責任者を導入することも、取組みの効果を大きくすることになるはずです。
こういった一連の取組みでは、トップマネジメントのコミットメントを確保することが不可欠です。局所的、部分最適に終わらず、部門横断的または部門を超えて、包括的、全体最適な意思決定が必要になるからです。また、納入先や顧客からの圧力に屈しないためにも、トップのコミットメントは避けてとおれません。
プライシングは、単なるマーケティングミックスの一要素として捉えるのではなく、ブランドのコンセプトそのものであり、ブランドを構築するうえで、極めて重要な方策であることを再認識することが重要です。何故なら、プライシングこそが、企業の利益と売上げにすぐさま直結するものだからです。
次回からは、マーケティングミックス3つめのPのプロモーションについてです。