9/01/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その16

前回は価格の測定尺度について述べました(価格その15)。今回はプライス・カスタマイゼーションについてです。


企業は、幾つかの市場セグメントに対して、1つのプロダクトを1つの価格で提供するよりも、セグメントが異なれば、異なる分だけ違う価格で提供するほうが、売上利益増大の観点で効果的です。また、同一セグメントにおいて、1つのプロダクトを状況に応じて異なる価格で提供することがビジネス倫理上問題なければ、より効果的だといえます。顧客の特性に合わせて価格をカスタマイズすることを、プライス・カスタマイゼーションといい、利益を拡大させるための手法で、価格を改定していく契機にすることができます。


ハーマン・サイモン(サイモン・クチャーアンドパートナーズの創業者)は、ロバート・J・ドーラン(ハーバード・ビジネススクール元教授)との共著『価格戦略論』のなかで、プライス・カスタマイゼーションには、基本的に4つの方法があり、そこではフェンス(仕切り、囲い)を作ることによって、価格をカスタマイズすることができると述べています。

(1)製品のラインアップによるフェンス: 顧客が自分の嗜好に合わせて製品を選択できるように、製品ラインを拡張させることで価格をカスタマイズする。

 (2)利用可能性によるフェンス: 顧客を選別して、販売/提供方法やチャネルを変更するなどして、価格をカスタマイズする。

(3)購買者特性によるフェンス: 属性ごとに異なる顧客価値に沿って、価格をカスタイマイズする。

(4)取引特性による分類: 取引の時期や取引量なでに応じて、価格をカスタマイズする。


(1)の製品ラインアップによるフェンスは、顧客が自分の嗜好に合わせて製品を選択できるように、製品ラインを拡張させることで価格をカスタマイズします。この製品ラインアップは、同じカテゴリーで少しずつバリエーションをつけて製品展開を行うことが基本です。これはカテゴリーの拡張ではなく、製品ラインの拡張であり、ブランド価値を維持しながら、顧客の裾野を広げていくことが重要な目的のひとつとなります。

興味深い事例として、サイモンは1995年に発売した米国自動車メーカーフォード社のトーラス新モデルを挙げています。当時、標準グレードのGLモデルの価格が、従来のトーラスの顧客層にとって割高のため批判を受けた際、フォードはこのGLモデルの価格を下げずに、人気が高いオプションをやめ且つカラーバリエーションを減らして、600ドル安い新しいGモデルをラインアップに加え、低価格帯のモデルを充実させたというものです。これは当時のトーラスにおけるフォードの戦略を堅持しながら、価格に敏感な顧客層に適切に対処した事例といわれています。


車がイメージしやすい製品ラインの拡張ですが、化粧品のライン拡張はより戦略的といえるかもしれません。たとえば、高級化粧品の代表格であるクリスチャン・ディオールは、基礎化粧品のラインを3つのクラスに分類しています。エントリークラスとしてカプチュールトータル、アドバンスがプレステージホワイト、ハイエンドで知られる最上級のディオールプレステージです。ディオールは、エントリーとして幅広い層を対象にした良いものとしてカプチュールトータルを薦め、顧客の年齢や製品の使用期間などに合わせてより良いものとしてプレステージホワイトを、最後は最上位ランクにある最高のものとしてディオールプレステージへと、クラスを上げていきながら、顧客の生涯にわたって関係を維持していけるようにしています。この間、様々な試供品は勿論のこと、希少なノベルティグッズや、プロモーションを徹底して行います。

ディオールの基礎化粧品についていえば、最上位ランクのステータスが、ブランド全体の品質を表現し、エントリークラスの位置付けにあるカプチュールトータルの製品イメージを大きく押し上げているといえるでしょう。エントリークラスでは他社製品との競争が激しさを増しますが、ブランド全体に浸透するプレステージ性の高さが、競争を軽減させたり、回避させることに貢献しています。なお、ディオールの販売チャネルは、百貨店を中心に、一部の専門店ビルと、自社のオンラインショップのみです。

国内の化粧品メーカーは、今でも百貨店、量販店、コンビニエンスストアなど、小売業態や販売チャネルに合わせて、ブランドを変更するなどして、多数の製品を提供しています。ブランドの絞り込みが難しい事例として、2005年くらいに資生堂がチャネル横断でマキアージュを展開し、ブランドイメージを毀損したことが挙げられます(ブランディング (4)ターゲティング ③3つのアプローチ)。化粧品のような美やイメージを売る製品については、基本的に1つのブランドがチャネルを跨って、同一価格で提供するということは、通常ありえないでしょう。


垂直方向に伸びる製品ラインアップは、車や化粧品以外にも、ファッション衣料(たとえばかつてのラルフローレンのポロとチャップスの関係がわかりやすいケース)や、輸入洋酒(たとえばブランデーのヘネシーでいえば、VS、VSOP、XOなど)に代表されるようなラグジュアリーな製品カテゴリーがあります。ITの分野でいえば、典型的なところでは、アドビ社の無料のアクロバットリーダーとアクロバットプロをはじめ、グーグルの無料のGmailから有償の幾つかのランク、ズームの無料ウェブ会議ソフトから有償版まで、様々なところで見ることができます。

サービスでは、航空会社のファースト、ビジネス、エコノミーの各クラスに加え、近年増加しているプレミアムエコノミーをはじめ、列車や船舶なども同様です。ホテルも同様ですが、シティホテルになると、よりバリエーションが広がります。なお、これらについては、(3)の取引特性による分類で、取引の時期で価格が変化することについて取り上げます。


水平方向の製品ラインアップは、先の化粧品でいえば、機能性としてスキンケアのホワイトニング、しわ排除のリンクルケア、しみをなくすスポッツケアなどがあります。ほかにも、フレグランスやメークアップなどもこのラインアップに含まれます。ファッション衣料では、デザイナーのブランドでよくみられる鞄や靴などの雑貨へ製品を拡張させることも水平方向のラインアップに該当します。ブランド力を最大限活用すれば様々な拡張が可能となりますが、規模が大きくなればなるほど、トラブルは発生しやすくなるものです。いつのまにか、あらゆるものをあらゆる人に提供するなどとなってしまい、ブランドイメージの悪化や信頼感の低下などにつながるようなことがあっては元も子もありません。


ほかには、製品を提供するタイミングが挙げられます。たとえば、映画はロードショー、二次封切り、DVD販売、DVDレンタルなど、時間の経過と共に価格が変化していきます。また、DVDの販売でも、通常のDVDから、ブルーレイ、4Kなどとバリエーションが広がり、CDも同様です。書籍は、ハードカバー(単行本)から、ソフトカバー(文庫本やペーパーバックなど)へ体裁を変えることで、購入の間口を広げ、より多くの読者を獲得しています。


このように見てくると、製品のラインアップによる分類といっても、様々なものがあることがわかります。ビジネスのアイデアや気づきは、同業種からではなく、異業種から得られることが少なくありません。他業種、他業界では当たり前とされているものでも、自らの業界では慣行されていないこともあり、新しいプライスカスタマイゼーションが見つかるかもしれません。

次回は、(2)利用可能性によるフェンスについてです

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その23

新商品についてのプライシングのすすめ方は、次のとおりです。 1. 新商品の位置付けの明確化 2. 新商品のベネフィットの評価 3. 新 商品の価格帯の決定 4. 市場規模の予測 5. 新商品の価格提示と価格帯の調整 前回(価格その22) は、上記1の「 新商品の位置付けの明確化」...