前回はプライス・カスタマイゼーションの4つの方法のうち、2つめの「利用可能性によるフェンス」について述べました(1つめは「製品ラインアップによるフェンス」)。今回は、残り2つの「購買者特性によるフェンス」と「取引特性によるフェンス」についてです。
(3)の購買者特性によるフェンスは、属性ごとに異なる顧客価値に沿って、価格をカスタイマイズする方法で、ジェラルドJ.テリスの9つの価格戦略の第2市場ディスカウンティング(価格その4)に相当します。遊園地や映画館での子ども割引、一部の食品スーパーで行われている高齢者割引、PCソフトなどでみられるアカデミック割引などが代表的なものとして挙げられます。ここで重要なことは、コストをできる限りかけずに購買者の特性を識別できるようにすることです。その属性には、以下の4つがあります。
①年齢(子供や高齢者の割引)
②組織特性(エンドユーザーと小売流通企業)
③ユーザー特性(新規購入者と既存顧客)
④支払能力(大学の奨学金受給学生とそうでない学生)
なお、②組織特性については、エンドユーザーの商品選択を主導的に決めることができる大口顧客(たとえば問屋など)に対して、価格を下げることで、当該大口顧客の商品変更の余地をなくしてしまうことなどが該当します。サイモンとドーランは、このフェンスの例として、米国における医薬品業界の卸売企業による薬局薬店などの小売企業に対する例を挙げています。
(4)取引特性によるフェンスは、デジタル機器の活用により、現在ではふつうに行われている価格をカスタマイズする方法です。これには主に、①購入/利用時期、②購入/利用量、③購入/利用するプロダクトの組合せという3つのタイプが挙げられます。
①購入/利用時期: 飛行機や鉄道・バス・フェリーなどの早割、高速道路の深夜割引、車の保険やメンテナンスの特定期日前の契約による割引などは、よく知られています。また、電気やガスなどもインフラでも時間帯別割引料金を導入しています。
②購入/利用量: 取引特性によるフェンスの中で、このタイプが最も一般的です。国内では今日、もはや殆ど聞くことがなくなってしまったFSP(フリークエント・ショッパーズ・プログラム)が該当します。FSPは、小売企業が顧客の購入履歴を分析して、優良顧客を囲い込むための手法で、もともとは航空会社のFFP(フリークエント・フライヤー・プログラム)を真似たものだったかと思います。FSPは、航空会社が顧客の搭乗距離に合わせて、マイレージポイントを貯められるようにして、一定マイルに達すると様々な特典を付与するもので、呼び名はともかく、今日では当たり前のサービスとして流通しています。
FSPやFFPなどに代表されるポイントプログラムは、データ分析による顧客の囲い込みと選別にとどまることなく、蓄積したデータを活用して、自社提供サービスの改善や開発につなげることが狙いだったはずです。ところが、ポイントプログラムが年々、複雑多様化することで、分析は後回しとなり、プログラムは単なる割引制度になってしまったというのが、国内市場の状況だといえるでしょう。
③購入/利用するプロダクトの組合せ: 価格バンドリングと呼ばれるこのやり方は、束ねるという意味のバンドリングが表すとおり、幾つかのものを組合せて販売します。最も一般的なものは、本体と一緒に付属品を購入すると、付属品の価格が安くなるというもので、たとえばPCとソフトウェア、複写機とカートリッジ、新車購入時の様々なオプション、昼食時の食事と食後のコーヒー、ハンバーガーとポテトといったものが代表的でしょう。
また最近では、コンテンツサービスのバンドリングも多数見られるようになりました。アマゾンプライム、ネットフリックス、ユーチューブプレミアム(YouTube、YouTube Music、YouTube Kids)などが該当します。こういったサブスクリプションをひとまとめにしたセット販売には、ユーザーが1つのプラットフォームで提供されるサービスへ一元的にアクセスでき、支払いも済ませられるということに、利用者が利便性を見いだしているのでしょう。こういったサービスは、エンターテインメントに限らず、ゲーム、教育、更には電力をはじめとしたエネルギーや金融などまで広がり、業界を横断してサービス提供が進められようとしています。筆者個人としては、やはりプライバシーやセキュリティなどが気になりますし、また、そこまでの利便性は必要ないと感じています。
こういったバンドリングの一方で、コンテンツ産業では以前からアンバンドリングも存在しています。以前であれば1枚のCDに収められていた音楽を、オンライン上で曲ごとにダウンロード購入できる楽曲販売が代表的なものです。
プライス・カスタマイゼーションは利益を増大させる可能性のある有用な手法です。サイモンとドーランは価格をカスタマイズするにあたり、重要なポイントを次のように述べています。
1. 顧客ごとに異なる知覚価値(商品やサービスに対して感じる価値)を把握し、違いが発生する要因を特定すること。
2. 知覚価値の異なる顧客ごとに、棲み分けできるフェンスを構築すること。つまり、知覚価値に見合った価格を設定しなければならないということです。顧客を知覚価値によって分類し、その分類がプロダクトの特性に適合している必要があります。このためには、プライス・カスタマイゼーションのベース(製品ラインアップ、利用可能性、購買者特性、取引特性)を明確にしなければなりません。
3. プライス・カスタマイゼーションによってもたらされる利益のみならず、計画し実行する上でのコストにも十分注意する必要があります。複雑なプライス・カスタマイゼーションには多大な運用コストがかかります。円滑に進めていくためには、一気に価格をカスタマイズしていくのではなく、徐々に進めていくこと。最初に2段階の価格を設定して、その後効果が高く実行可能と判断できる割引を付加していくこと。
4. プライス・カスタマイゼーションに関する法的環境を理解しておくこと。特に、顧客が価格に対して不公平感を抱くことがないように、顧客に対する公平性に気をつけること。顧客の不公平感は重大な問題に発展する可能性があるからです。