マーケティングミックス2つめのP、価格についての11回めで、今回は参照価格について取り上げます。ここまでのブランディング(7)マーケティングミックス③についての内容は、以下のリンクからご覧ください。
価格その1(価格の多様性)、その2(価格検討3つのレベル)、その3(プロダクトレベルでの検討)、その4(先発企業の価格戦略①)、その5(先発企業の価格戦略②)、その6(先発企業の価格戦略③と後発企業の価格戦略)、その7(経営の意志)、その8(ライフサイクル①)、その9(ライフサイクル②)、その10(消費者の価格概念)
参照価格とは、消費者それぞれの心の中にある価格イメージのことです。消費者は、自らの参照価格に照らして、商品の値段を高いと捉えたり、安いと判断したりします。この参照価格には、内的参照価格と外的参照価格の2種類があります(価格その6)。
内的参照価格は、消費者の過去の購入経験などが蓄積され、記憶として残っている参照価格のことをいい、所謂、値頃感のことです。外的参照価格とは、メーカー希望小売価格、ネット小売含めた店頭での通常価格、チラシやカタログなどに書かれている価格のことをいいます。
商品価格の高い、安いの判断基準になる内的参照価格は、外的参照価格や実際に販売されている価格(実売価格)の影響を受けるため、固定的なものではなく、いつも揺らいでいる価格といえます。
ただ、この内的参照価格には価格の幅が存在していて、それは消費者ごと、また、プロダクトのカテゴリーごとなどで異なります。異なる理由は、各消費者の購入/利用経験がそれぞれ異なるからといえるでしょう。つまり、消費者は、ある程度正確な価格知識を持っているプロダクトのカテゴリーもあれば、そうでないカテゴリーもあって、それは消費者によってまちまちだということです。
内的参照価格は多義的です。学習院大学の元教授である上田隆穂氏は、内的参照価格を細分化し定義した斉藤嘉一氏の研究論文を、次のように紹介しています。内的参照価格は、「消費者の記憶内に保持されており、実売価格が関連付けて捉えられる何らかの価格」とし、多義性のもとになる価格に以下のものを挙げています。
公正価格: 消費者が過去の購買履歴、知覚品質及び売り手の費用を考慮して、公正であると考える価格
受容可能な最低価格: 消費者がこれ以下の価格では品質が劣ると考える価格
受容可能な最高価格: 消費者がこれ以上では高すぎると考える価格
最低市場価格: 消費者が市場で観察したことがあると考える最低の価格
最高市場価格: 同、最高の価格
平均市場価格: 消費者が市場で観察した価格に基づいて考える平均的な価格
通常の価格: 消費者が市場で最もよく観察すると考える価格
期待された将来価格: 消費者が将来売り手によって提示されるだろうと考える価格
内的参照価格の幅について、上田氏は著作の中で、3つの点を指摘しています。
①参照価格の高い人ほど、広い価格受容領域を持っている。②購買頻度の高い人ほど、価格受容領域は狭い。
①については、より高い価格帯に内的参照価格がある人ほど、その参照価格の幅は広く、価格には敏感ではないことを意味しています。
②は、購買頻度の高い人ほど、価格知識が豊富で且つ正確なものとなるため、内的参照価格の幅は狭くなることを表します。
③では、ブランドロイヤリティの高い人は、価格よりブランドに重きを置く傾向があるため、少々値段が高くてもそれを受容するためで、内的参照価格の幅は広いということでできるとしています。
(『マーケティング価格戦略』P130、P135-136 上田隆穂著 有斐閣 1999年)
それでは、このような特性を持つ内的参照価格を活かして、プロダクトの値上げを検討する場合、どういったことが適用できるでしょうか。
たとえば、高島屋の通信販売のハイランドクラブが、昨年に2年間の会費3000円を4000円に上げる価格変更を行ったケースで考えてみたいと思います。
値上げが当たり前となっている時勢ではありますが、既存顧客の会費が一気に1000円も上がるわけですから、取り扱う商品や会員特典などにより魅力的なものを付加しない限り、高島屋によほど高いロイヤリティを持つ人を除いて、多数の顧客は離反するのはないかと思います。実際、会費の支払い時期が来る顧客に対して、丁重な電話連絡をして、離反を食い止めようとしているようですが、それくらい手間をかけるのであれば、何故、一気に千円アップにしたのか、どうしてはじめにもっと考えなかったのかと筆者は思います。また、新規顧客の場合なら、既存顧客ほどではないかもしれませんが、価格が1.5倍から2倍、さらには3倍以上も値上がりするような状況下で、あのクラブの内容に対して4000円を払って入会する人がどれくらいいるかは疑問です。
内的参照価格は、自身の過去の買物経験をとおした価格に影響されます。今回の値上げ幅をせめて500円くらいにしておいて、(1000円値上げする必要が本当にあるのであれば)しばらくしてからもう一度500円上げるというほうが、顧客の参照価格の上書きは500円ですみ、ロスしたような感覚は少なくて済むはずです。
続けて値上げするといっても、会員の期間は2年ですから、2年後にもう1回500円上げて4000円にすれば、その時の参照価格は3500円であるため、顧客の抵抗も和らぐはずです。もしどうしても1回で4000円にしなければならない理由があるのなら、参照価格を弱めるような要素を加えるべきでしょう。たとえば、魅力ある商品をもっと増やして変化を消費者に感じてもらうとか、クーポンの利用や期間限定で割引率を高めたり、無料のお試し品を開発するとか、組織が違ってもリアル店舗との連動企画を練るなど、いろいろできたはずです。
とはいえ、敢えて高島屋の側に立って考えるなら、コロナ禍以降の異様な原材料価格の高騰と小売価格の上昇に鑑みれば(たとえば精米など、消費者はおろか販売当事者や生産者にとっても説明つかないものが多数あることを考えれば)、はるかにましな方ではあるのですが・・・。