6/07/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その6

前回と前々回では、先発企業における価格検討の趣旨(差別化プライシング、競争的プライシング、製品ラインプライシング)と、消費者特性を組合せた価格戦略のオプションを見てきました(ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その4同価格その5)。今回は、まさに純粋な意味で最初に市場に参入する企業によくみられる2つの価格戦略について触れた後、後発企業の価格戦略について概説します。


革新的な新製品は、その登場自体が新市場の創出につながります。筆者がすぐに思い浮かべるのは、アップルのiPhone(ビジネスモデルとして捉えるべきかもしれませんが)、ネットスケープコミュニケーションズのネットスケープ・ナビゲーター(1994年にリリースされたウェブブラウザ)、ソニーのウォークマン、コダックのポラロイドカメラ、IBMのメインフレーム、日清食品のカップヌードルなどです。


革新的なプロダクトは、スキム価格(上澄み吸収価格、スキミング・プライシング)と、浸透価格(ペネトレーション・プライシング)という価格戦略を採ることができます。スキム価格とは、プロダクトの導入時点で高値をつけるやり方です。浸透価格とは、赤字を出さずに薄利多売を続け、自社の価格を業界標準的な価格にするプライシングのことです(価格その5)。

スキム価格については、競争相手がいない場合、高い利益を確保できることから魅力的なやり方に見えます。ですが、魅力的な市場ということは、他社の参入可能性も高まるため、高い利益を保持し続けることは難しくなります。その結果、プロダクトの成長後期になると、多数の参入企業が現れ、熾烈な価格競争となり、利益は急速に低下することになります。かつてのビデオデッキやCDコンポなどのAV機器などはその典型といえるでしょう。VHS/ベータのビデオからDVDプレイヤーへと技術革新が進む過程で、国内屈指ともいえるメーカーが消えていったことを思い出される方もいらっしゃるかと思います。

一方、浸透価格については初期段階では利益を得ることが難しいかもしれませんが、設定した価格が他社に対する参入障壁を築くことになるため、長期にわたり利益を獲得できる可能性が高まります。潜在的な市場規模が大きく、価格変動による需要への影響が大きい場合には、有効な価格戦略になります。たとえば、ユニクロのフリース、マグドナルドの100円バーガー、ソフトバンクの携帯料金プラン、比較的最近でいえば楽天モバイルなどが挙げられます。


ところで後発企業は、先発企業に対して、どういった価格戦略を用いることが有効なのでしょうか。学習院大学の元教授である上田隆穂氏は、トーマス・T・ネイゲル(米国シカゴ大学等の元教授)の4つの価格戦略(協調、適応、日和見、略奪)を紹介しています。


協調価格: 少数の大企業で構成される寡占的な市場でよくみられます。プライスリーダーが最初に価格を変え、他の企業が協調的に追随するというもので、高価格を安定的に生み出しやすいの特徴です。上田教授は、以前の鉄鋼業界やビール業界を代表例に挙げています。携帯電話料金もこの類いでしょう。

適応価格: 大企業が設定した価格を業界標準価格として、中小・零細企業がこれに倣うものです。大企業以外が価格を主導することはありません。但し各プレイヤーは、業界の需要量の変化を変化前と同じように分担することはせず、業界標準価格が変化する時に、生産量の調整などをして売上げの増大などを狙うのが特徴として挙げられます。

日和見価格: 市場シェアの増大を狙う競争的な価格戦略です。他企業が値上げした時は自社の値上げを遅らせたり値上げしなかったり、他社が値下げした時は直ちに追随するだけでなく、思い切った値下げを行ったりします。また、同価格で容量を増やしたり、おまけをつけたり、小売流通企業へのリベートを用いるなどして、競合が値下げで追いつけないようにすることもあります。競争相手よりもコスト構造が低かったり、未稼働の生産設備を持っていたりする企業が用いるやり方です。

略奪価格: 日和見価格よりもさらに競争的です。財務上、強い大規模企業が用いる手法で、破壊的な低価格を伴うことがあります。たとえば、小規模企業が価格を乱して値下げをした場合に、到底真似できないような価格まで大手が値を下げることで、小規模企業に業界価格を順守させようとするやり方です。

 

協調価格が最も競争が緩く、略奪価格が最も激しいこれら4つの価格戦略のうち、協調、適応、日和見の各戦略は、市場のフォロワーが採用し、略奪価格についてはリーダーかチャレンジャーがとる戦略とされています。なお、上田氏は、後発企業のモスバーガーが高品質な材料と出来たて感という価値を付加することで、市場リーダーのマグドナルドを上回る価格をつけて成功したことを引き合いに出し、マーケティングミックスと差別化の重要性を説いています。価格はあくまでも提供するプロダクトとの整合性の上に成り立つものと理解しておけば、上記4つの価格戦略を適用しなくてもよい状況を作り出せることになります。

つまり、先発企業のプロダクトよりも、後発企業のプロダクトの品質の方が大きく上回っていれば、たとえ後発企業であったとしても、高い価格で先発企業に対抗できることが可能ということになります。


6/02/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その5

マーケティングミックス2つめのP、価格についての5回めです。前回は先発企業の差別化プライシングについて述べました(価格その4)今回は、同じく先発企業の競争的プライシングと製品ラインプライシングについてです。


競争的プライシングと、3つの消費者特性(差別化プライシング同様、大きい探索コストを持つセグメントがある場合、低い留保価格を持つセグメントがある場合、誰もが特別な取引コストを持つ場合)を組み合わせた時、先発企業は、価格シグナリング、浸透価格と経験曲線プライシング、地理的プライシングという価格戦略を成立させることが可能です。

探索コスト、留保価格、取引コストについては、以下のとおりです(前回分と同内容)。

探索コストの違い(消費者が価格を調べるのに要するコスト、つまり情報を探索するのに要するコストの違いによるもの。多忙な人や面倒くさがりの人は、情報探索に十分な時間をかけずに購入商品を決定することが多い。ネットを含め探索時間が短いほど、探索コストは小さくなる。一方で、商品の品質や原材料、産地、素材やデザイン性などじっくり調べる人や、どの店で買うのがお得なのかといったことをしっかり調べる人は、探索コストが大きくなる)

留保価格の違い(消費者が支払ってもよいと考える価格の上限の違いによるもの。消費者が商品の価格を適当なものと考える時の価格幅の上限を意味するのが留保価格で、これ以上は払わないという価格のこと。留保価格が低い=出せる金額が低い場合は、消費者は価格に敏感といえる)

取引コストの違い(消費者の商品入手に係る多様なコスト/取引コストの違いによるもの。商品購入のために要する交通費をはじめ、使い慣れた商品を他社製のものに変更する時に生じる金銭的・物理的・心理的障壁であるスイッチングコストであったり、購入後当該商品が不要になる場合や不良品であったりする時の謂わば投資リスク的なものなどを含む)

 

価格シグナリングx大きい探索コストを持つセグメントがある場合 

高品質は高価格で、低品質は低価格で販売/提供するのが当然のところを、低品質のものを高価格で提示するやり方。通常価格をわざと高く設定し販売時にXX%割引とするようなものも含みます。消費者が品質のことをよく分からなかったり、価格があまり知られていないような状況下で用いられる悪質なやり方です。店頭で特売やバーゲンなどというセール表示、198円や99円などと表示する端数価格や、最低保証価格なども価格シグナリングに含まれます。

 

浸透価格と経験曲線プライシングx低い留保価格を持つセグメントがある場合

浸透価格とは、赤字を出さずに薄利多売を続け、自社の商品価格を業界標準的な価格にしていくプライシング。他社を自社の価格に追随し続けることを難しくしたり、参入自体をあきらめさせることを狙う手法。 

経験曲線プライシングとは、生産コストを下回るような低価格で販売し、経験をとおして費用削減を図りながら、コスト低下後に利益を獲得していくことを狙うプライシング。原価割れのような値段で販売することで、より多くの顧客層を獲得することができるため、規模の経済が働きます。往年の国産PCによく見られたやり方です。

 

地理的プライシングx誰もが特別な取引コストを持つ場合 

地域ごとに異なる価格で販売するプライシング。競争過多の地域では価格を下げて、競争が緩やかな地域で利益の減少分を補填するプライシング。国内では日用品などによくみられます。都心で販売されている日用品の価格は安く、地方で売られる日用品は決して安くないものが多いというのはこのやり方によるものです。



製品ラインプライシングと、3つの消費者特性(高い探索コストを持つセグメント、低い留保価格を持つセグメント、誰もが特別な取引コストを持つ場合)を組み合わせた先発企業の価格戦略には、イメージプライシング、価格バンドリングとプレミアムプライシング、補完的プライシングが挙げられます。


イメージプライシングx大きい探索コストを持つセグメントがある場合 

同程度の商品を名前を変え別ブランドで展開し、高級イメージを付与することによって高価格で販売するプライシング。化粧品や日用品などでよく行われているやり方です。近年では、部品の共通化により同等程度のコスト構造の車を、人気車種は高い価格で、そうでないものは比較的低価格で販売するなど、国内外の自動車業界でもよく採用されています。サービスでは、PCやスマートフォン等のセッティングサービスや、インターネットプロバイダー等の多様なメニューなどが該当します。

 

価格バンドリングとプレミアムプライシングx低い留保価格を持つセグメントがある場合 

価格バンドリングとは、異なる商品タイプのものを組合せて、個別にそれぞれを購入すると高くなるものを組合せて提供することで安く販売するプライシングです。 

プレミアムプライシングは、レギュラーまたはスタンダードバージョンとプレミアムバージョンの2クラスのプロダクトを用意して、前者(レギュラーやスタンダード版)を価格に敏感な消費者、後者をそうでない消費者に販売し、両者を合わせた総額で利益を出していくプライシング手法です。価格に敏感な層が購入するものを、敏感でない層が補完していくことになるやり方です。車や家電製品のような耐久消費財関連で多くみられます。サービスであれば、ホテルのプレミアムルームや高級レストランのコースなどでも採用されています。

 

補完的プライシングx誰もが特別な取引コストを持つ場合 

補完的プライシングには、虜プライシングと2面プライシングというものがあります。 

虜プライシングまたはキャプティブプライシングと呼ばれるプライシングは、本体と付属するものをセットまたは別個に提供するやり方。これは、本体を安価で提供する一方で、付属するものを相対的に高い価格で提供する手法です。代表的なものに、複写機とカートリッジ製品やメンテナンス費用、車とスペアのパーツ、PCとソフトウェア、エレベータと保守点検などがあります。 

2面プライシングは、サービスによくみられるプライシングで、固定料金と変動利用料金に分けられることが多く、両者の組合せで利益を出していくやり方です。たとえば、携帯電話料金、アミューズメント施設などでの入場料と個別のアトラクション利用料や、両親と子供向けを組合せた料金、フィットネスクラブの料金体系などが挙げられます。

 

次回は、引き続き先発企業の価格戦略について述べた後、後発企業の価格戦略について触れることにします。


ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その6

前回と前々回では、先発企業における価格検討の趣旨(差別化プライシング、競争的プライシング、製品ラインプライシング) と、消費者特性を組合せた価格戦略のオプションを見てきました ( ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その4 、 同価格その5 )。今回は、 まさに純...