前回と前々回では、先発企業における価格検討の趣旨(差別化プライシング、競争的プライシング、製品ラインプライシング)と、消費者特性を組合せた価格戦略のオプションを見てきました(ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その4、同価格その5)。今回は、まさに純粋な意味で最初に市場に参入する企業によくみられる2つの価格戦略について触れた後、後発企業の価格戦略について概説します。
革新的な新製品は、その登場自体が新市場の創出につながります。筆者がすぐに思い浮かべるのは、アップルのiPhone(ビジネスモデルとして捉えるべきかもしれませんが)、ネットスケープコミュニケーションズのネットスケープ・ナビゲーター(1994年にリリースされたウェブブラウザ)、ソニーのウォークマン、コダックのポラロイドカメラ、IBMのメインフレーム、日清食品のカップヌードルなどです。
革新的なプロダクトは、スキム価格(上澄み吸収価格、スキミング・プライシング)と、浸透価格(ペネトレーション・プライシング)という価格戦略を採ることができます。スキム価格とは、プロダクトの導入時点で高値をつけるやり方です。浸透価格とは、赤字を出さずに薄利多売を続け、自社の価格を業界標準的な価格にするプライシングのことです(価格その5)。
スキム価格については、競争相手がいない場合、高い利益を確保できることから魅力的なやり方に見えます。ですが、魅力的な市場ということは、他社の参入可能性も高まるため、高い利益を保持し続けることは難しくなります。その結果、プロダクトの成長後期になると、多数の参入企業が現れ、熾烈な価格競争となり、利益は急速に低下することになります。かつてのビデオデッキやCDコンポなどのAV機器などはその典型といえるでしょう。VHS/ベータのビデオからDVDプレイヤーへと技術革新が進む過程で、国内屈指ともいえるメーカーが消えていったことを思い出される方もいらっしゃるかと思います。
一方、浸透価格については初期段階では利益を得ることが難しいかもしれませんが、設定した価格が他社に対する参入障壁を築くことになるため、長期にわたり利益を獲得できる可能性が高まります。潜在的な市場規模が大きく、価格変動による需要への影響が大きい場合には、有効な価格戦略になります。たとえば、ユニクロのフリース、マグドナルドの100円バーガー、ソフトバンクの携帯料金プラン、比較的最近でいえば楽天モバイルなどが挙げられます。
ところで後発企業は、先発企業に対して、どういった価格戦略を用いることが有効なのでしょうか。学習院大学の元教授である上田隆穂氏は、トーマス・T・ネイゲル(米国シカゴ大学等の元教授)の4つの価格戦略(協調、適応、日和見、略奪)を紹介しています。
協調価格: 少数の大企業で構成される寡占的な市場でよくみられます。プライスリーダーが最初に価格を変え、他の企業が協調的に追随するというもので、高価格を安定的に生み出しやすいの特徴です。上田教授は、以前の鉄鋼業界やビール業界を代表例に挙げています。携帯電話料金もこの類いでしょう。
適応価格: 大企業が設定した価格を業界標準価格として、中小・零細企業がこれに倣うものです。大企業以外が価格を主導することはありません。但し各プレイヤーは、業界の需要量の変化を変化前と同じように分担することはせず、業界標準価格が変化する時に、生産量の調整などをして売上げの増大などを狙うのが特徴として挙げられます。
日和見価格: 市場シェアの増大を狙う競争的な価格戦略です。他企業が値上げした時は自社の値上げを遅らせたり値上げしなかったり、他社が値下げした時は直ちに追随するだけでなく、思い切った値下げを行ったりします。また、同価格で容量を増やしたり、おまけをつけたり、小売流通企業へのリベートを用いるなどして、競合が値下げで追いつけないようにすることもあります。競争相手よりもコスト構造が低かったり、未稼働の生産設備を持っていたりする企業が用いるやり方です。
略奪価格: 日和見価格よりもさらに競争的です。財務上、強い大規模企業が用いる手法で、破壊的な低価格を伴うことがあります。たとえば、小規模企業が価格を乱して値下げをした場合に、到底真似できないような価格まで大手が値を下げることで、小規模企業に業界価格を順守させようとするやり方です。
協調価格が最も競争が緩く、略奪価格が最も激しいこれら4つの価格戦略のうち、協調、適応、日和見の各戦略は、市場のフォロワーが採用し、略奪価格についてはリーダーかチャレンジャーがとる戦略とされています。なお、上田氏は、後発企業のモスバーガーが高品質な材料と出来たて感という価値を付加することで、市場リーダーのマグドナルドを上回る価格をつけて成功したことを引き合いに出し、マーケティングミックスと差別化の重要性を説いています。価格はあくまでも提供するプロダクトとの整合性の上に成り立つものと理解しておけば、上記4つの価格戦略を適用しなくてもよい状況を作り出せることになります。
つまり、先発企業のプロダクトよりも、後発企業のプロダクトの品質の方が大きく上回っていれば、たとえ後発企業であったとしても、高い価格で先発企業に対抗できることが可能ということになります。