8/17/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その14

前回の価格その13では、バリュープライシングについて述べました。今回は、エブリデイ・ロー・プライシング(EDLP)についてです。

EDLPは、バリュープライシングでの検討事項を踏まえた価格決定の手法です。EDLPは、プロダクトの値上げと値下げを繰り返すパターンをやめて、毎日(エブリデイ)を基本として、プロダクトの価格を一定期間、変動させずに価格を設定します。

ケビン・レーン・ケラーは、P&Gが90年代はじめに、価格政策をEDLPへ転換して成功した事例を紹介しています。P&Gが価格設定をEDLPにしたのは、商品値下げにより消費者へ還元されたのは全体のわずか30%にとどまり、残り70%の半分は小売段階でのコスト上昇分として吸収され、あとの35%は小売業の直接利益になっていたという当時の状況を変えることでした。P&Gは、EDLPをとおして、流通業向けの値引き回数を減らす代わりに、卸売定価を引き下げることで、小売業がEDLP前とほぼ同じ利益率を維持できるようにしながら、P&Gブランドの価格の一貫性を回復させることを企図したのです。

P&Gは自社ブランドの半数の定価を下げ、大半の商品の一時的な値引きを止めた結果、前年比で利益を10%程度、節約することができたということです。このようなことから、ブランドロイヤルティの構築、カテゴリー内におけるプライベートブランドの参入回避、製造コストと在庫コストの削減につながったというウォールストリートジャーナルの記事を、ケラーは取組みの成果として引用しています。


但し、米国のスーパーなどで何度か買物をしたことがある人であれば、誰もが知っていることですが、EDLPだからといって、商品を週替わりのように割り引く販促をまったくしないというわけではありません。消費者の購買意欲をより喚起するために、季節催事などによる販売促進は行われています。ここで重要なことは、各者がウィンウィンの関係を築けるように、単に目先の売上げや利益を追うのではなく、根源的な問題を解決するために、長期的な観点で打ち手を考え、各者一緒になって、まずは実行してみるということだと言えるでしょう。


日本では、EDLPはウォルマートでお馴染みでしょう。かつてウォルマート傘下だった時のGMSの西友は、時間をかけてEDLPによる売場運用を定着させたようです。食品スーパーのオーケーもEDLPで常時低価格販売を実現させています。小売業でのEDLP(日本では、エブリデイ・ロー・プライシングではなく、エブリデイ・ロー・プライスと言われています)は、大々的な特売を行わないため、集客自体をおよそ平準化できることから、売上げや利益の目途をつけやすくなります。店舗の運用コストの低減につながるのはいうまでもなく、実際、特売品などの品出しや陳列変更、ピーク時などを想定した通常以上のレジ要員を手配する必要もありません。

さらに、EDLPによって、自動発注の精度は上がり、自動棚割なども取組みやすくなります。こういったことから、両社の営業利益率は同業他社のものより高いものになっています。日本の小売市場のハイ&ローの弊害は、随分前から指摘されてきました。けれども、それを継続して改めようとする活動は、残念ながら未だにごくわずかです。

メーカーは、小売業から納入価格の引き下げ要求は当たり前、たとえば原材料に為替や天候の影響を大きく受けるものが使われていようと、お構いなしの感があります。そのため、メーカーからすると、売上げが伸びた割には、利益がまったく増えないということは珍しくありません。ハイ&ロー、特に激しいハイの特売に依存した販売は、メーカー商品のブランド価値を毀損させる可能性があり、小売業にとっても消費者の値頃感を低下させることにつながります。加えて言えば、特に食品スーパーなどでの特売で得た売上げは、単に需要を先取りするだけだともいえるでしょう。過度なハイを繰り返せば、小売企業同士の熾烈な価格競争に発展するのは、容易に想像がつきます。

また、消費者にとっても良いとは言えない面があります。小売業からの要請に応えざるをえないメーカーは、特売価格実現のために、原材料の質を下げたり、仕様変更せざるをえないこともあるでしょうから、最終的には消費者に跳ね返ってくることになります。近年、日本の消費者の質的低下、たとえば安ければそれでいいとか、商品の中身(原材料や製法など)を見ずに買ったり、とにかく自分では調理せず安価なできたて総菜で毎日の夕食を済ませるといったことの原因のひとつになっているように思えるのは筆者だけでしょうか。


8/04/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その13

価格の13回めです。これまでの内容は次のとおりです。 価格その1(価格の多様性)その2(価格検討3つのレベル)その3(プロダクトレベルでの検討)その4(先発企業の価格戦略①)その5(先発企業の価格戦略②)その6(先発企業の価格戦略③と後発企業の価格戦略)その7(経営の意志)その8(ライフサイクル①)その9(ライフサイクル②)その10(消費者の価格概念)、その11(内的参照価格①)、その12(内的参照価格②)


フィリップコトラーは、ベネフィットと価格の組合せによるブランド価値に基づいて、ポジショニングするバリュー・ポジショニングを5つのタイプに分類しています。ベネフィットが多くて価格が高いか同じか安いか、ベネフィットが同じで価格が安いか、そこそこのものをはるかに安い価格で提供するかの5とおりです(ブランディング (5)ポジショニング バリュープロポジション)


ケビン・レーン・ケラーは、ブランドエクイティ構築のための価格設定というのは、現行価格の設定方法と、プロモーションならびに値引きの規模や期間に関する方針、この2項目を決定することだと述べています。


米国企業の多くは、日本企業とは異なり、価格の決定には、消費者の知覚や選好を重視するバリュー・プライシング(またはバリュー・ベース・プライシング、ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その1)と、長期間での値引き方針を決めるエブリデイ・ロー・プライシング(EDLP)の2つを、アプローチとして採用しています。

バリュープライシングは、プロダクトが持つ価値に基づいて価格を決める方法で、プロダクト(製品、サービス)の原価に基づいた価格設定とか、競合プロダクトから足したり引いたりして決める価格とは考え方が異なります。


今日のような原材料費の高騰による異様な値上げや、他社が値上げしたら自社も値上げする、他社が値を下げたら当社も値引くといったような消費者を除く外部要因に依存する価格の決め方とは大きく異なります。

バリュープライシングは、消費者にプロダクトの付加価値を知覚させることができれば、買い手である消費者はプレミアムな対価を支払うという考え方・前提に基づくものです。したがって、バリュープライシングは、そこそこか、そこそこ以下のものを低価格で提供するというものでは決してありません。


そもそもバリュープライシングが大きく取り上げられるようになった背景には、1980年代初頭あたりから、米国は経済成長が大きく鈍化し、消費者の可処分所得の伸びも低下するといった社会情勢下で、プロダクトを安易に値上げできなくなってしまいました。仮に、値上げをしたとしても、コスト意識を強めた消費者には到底受け入れられるものではなく、プロダクトの価値と価格のバランスが非常に重視されるようになった、こういった背景があります。


バリュープライシングは、浸透価格と上澄み吸収価格のほぼ中間に位置する価格設定の仕方です。

浸透価格とは、赤字を出さずに薄利多売を続け、自社の商品価格を業界標準的な価格にしていくプライシングのこと(価格その5)。上澄み吸収価格とは、はじめは高い値段をつけておくことで、スキミング価格とも言われています経時的ディスカウンティングを行う時に、適用されるプライシングです(価格その4)。


バリュープライシングの目的は、プロダクトの設計、プロダクトのコスト、プロダクトの価格、この3つのバランスをとることで、消費者ニーズと企業の利益目標の両方を満たそうとする手法とケラーは述べています。

ここでのプロダクトの設計は、従来の概念よりもケラーは幅広く捉えて、次のようなものが含まれています。新規または改良された付加価値をプロダクトに組み入れることを含めたプロダクトの品質改善、プロダクトパッケージを含むデザインの改良、プロダクトの保証期間の延長、支払いサイクルや方法などの見直し、流通チャネルでの新しい売り方提案、プロダクトのイメージを高める優れた広告などになります。


プロダクトにおけるコストの要点は、費用をできる限り低く抑えることに尽きるといえるでしょう。このためには、原材料の改廃や代替品の投入、製造工程の自動化等による費用の圧縮、業務全般の生産性向上、アウトソーシングの活用による資源の再配置などが挙げられます。

プロダクトの価格では、消費者がブランド価値をどれくらい知覚して、プロダクトコスト以上のプレミアムをどの程度まで支払ってくれるかを把握することだと、ケラーは述べています。消費者の知覚価値を測定する手法には、自由連想や投影法、ザルトマン・メタファー誘因法などの質的調査手法と、ブランド認知やブランドイメージについて数値表現や要約が可能な量的調査手法があります。どのような手法を用いるかはともかく、プロダクトの価格で重要なことは、消費者に提示された価格が、そのブランドのベネフィットと比べて、適切なものだと消費者が理解しているかどうかということです。

知覚価値を的確なものにするには、プロダクト品質を消費者がより魅力的だと感じてもらえるようにする企業努力、謂わば新たな価値の付与による消費者の知覚向上と、これとは逆に、価格を引き下げることによって消費者の知覚価値を向上させるという2つの間でのトレードオフ的な検討をすることになります。

ただ、値引きすることが、新たな価値を付与する活動よりも、コストが余計かかるという研究結果もあるため、単純な値引きはかえって命取りになるといえるかもしれません。

ケラーは、バリュープライシングが最も分かりやすいものとして、(少し古いですが、象徴的なケースとして)フィリップモリスの主力煙草マールボロの値引きの成功例を挙げています。これは、マールボロの価値は価格相応ではないと捉えた当時の消費者が、他ブランドへ買い替えようとしたことを食い止めたばかりか、市場シェアを回復し、より強いブランドになったという事例です。これをケラーは、ブランド価値にふさわしい投資を企業が怠り、安易に値上げすれば、低価格の競合ブランドに対する抵抗力が弱まり、消費者は安いブランドに買い替えるという警告として紹介しています。

次回はEDLPについてです。


ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その14

前回の価格その13 では、バリュープライシングについて述べました。今回は、エブリデイ・ロー・プライシング(EDLP)についてです。 EDLPは、バリュープライシングでの検討事項を踏まえた価格決定の手法です。EDLPは、プロダクトの値上げと値下げを繰り返すパターンをやめて、毎日(エ...