10/24/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その23

新商品についてのプライシングのすすめ方は、次のとおりです。

1. 新商品の位置付けの明確化

2. 新商品のベネフィットの評価

3. 新商品の価格帯の決定

4. 市場規模の予測

5. 新商品の価格提示と価格帯の調整


前回(価格その22)は、上記1の「新商品の位置付けの明確化」ですべきことは、当該新商品が革新型、改良型、模倣型のどれに該当するかを判断することです。要は、市場における当該新商品の位置付けをハッキリさせるということです。

この1で、どのタイプ(型)に該当するかが決まれば、次は2の新商品のベネフィットの評価へと進みます。


2の「新商品のベネフィットの評価」では、当該品がどういった種類のベネフィットをうたっているのか、機能なのか、プロセスなのか、リレーションシップなのかといったことを評価します。但し、差別化のもとになるベネフィットは、マーケティングミックス前のコンセプト策定時点で検討を終えていなければなりません(ブランディング (7)マーケティングミックス② プロダクト)。

新商品の評価は、関係者の勝手な思い込みを鵜呑みにすることなく、データや情報を集めて、できる限り定量的に行うことが重要です。一般的な消費者調査では、コンジョイント分析や、PSM分析(Price Sensitivity Measurement, 価格感度測定)になります。ほかにも、定量手法として、価格設定に関する実証実験(新商品が実在している場合に限定)、ヒストリカルデータを用いた市場取引分析(過去における商品の価格変動や取引量等の時系列データ分析、既存商品には有効)などがあります。

専門家による判断については、専門家次第の感はありますが、相対的にいって今日では、(筆者だけかもしれませんが)その判断が妥当性を欠くことが珍しくありません。むしろ見込み客となりうる消費者(或いは法人企業など)を慎重に選定して、無料で新商品を一定期間試してもらうほうがはるかに効果的でしょう。但し、パイロットテストをとおして、見込み客には忌憚ない意見をしっかり語ってもらうことがが前提です。


3の「新商品の価格帯の決定」は、新商品の通常価格以外に、上限の価格と、いくらまでなら値段を下げてもいいかという下限の価格の範囲を決定します。食品でいえば、特に嗜好性の強い菓子や飲料などは、魅力的な価格設定を行うことで、市場規模の拡大が比較的やりやすい商品カテゴリーであるため、価格帯の決定は非常に重要です(消費者を惹きつける広告宣伝や販売促進は、もちろん別途必要ですが)。

このような商品カテゴリーでは、価格帯の幅を少し広めにとることがポイントになります。嗜好性の強い菓子や飲料は、リピート購買がふつうで、また、ファン化もしやすいため、単価を下げて販売すれば利益は減りますが、売上げ数量は増やすことができ、トータルで利益額を押し上げていくことができるからです。

但し、価格帯の上限値を高く設定できるのは、強いブランド力を持つ商品または企業に限られるのがふつうでしょう。ブランド力が弱かったり、そもそも認知されていなければ、価格帯の範囲はやや狭めにして、通常価格は中程度かやや低めに設定するほうが賢明です。なお、適正な下限値を設定するためには、甘い市場予測の下でコストを低めに見積もったり、コストを過大に見積もったりしないように、コスト分析を精緻に行うことが必要です。

ここで気をつければいけないことは、改良型の新商品の場合は特に、競合の反応を慎重に見極めなければならないということです。もしかなり安い価格で競合他社のシェアを奪いとるようなことをすれば、後戻りのできないような価格競争に陥る可能性があるからです。自社に置き換えて考えればわかりやすいと思いますが、みすみす自社のシェアが奪われていくことを見過ごすことなど、ふつうはできないでしょう。もし、その商品が自社の看板商品の地位を脅かすようなことがあれば尚更です。逆に、高めに価格設定をすれば、シェアよりも利益重視の姿勢を示せることで、他社はしばらく様子見をする可能性が高い(つまり価格競争にはならない)といえるでしょう。

革新型の新商品の場合は、他社の模倣型新商品が必ず登場してくるため、それまでの時間をどれくらい見込むか、また、他社が参入しにくくするような打ち手をどのようにとるかを考えなければなりません。浸透価格経験曲線プライシングなどは、大手企業であれば用いやすいでしょう。また、他社の参入を招きやすくなりますが、スキム価格も十分ありえる価格戦略でしょう(ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その5価格その6)


4の「市場規模の予測」では、3の新商品のベネフィットの評価に基づき、消費者(または法人企業)セグメントごとに市場規模を算出します。これにより、どのセグメントが新商品を高く評価してくれて、どのセグメントがそうでないかを把握できるようになります。また、価格帯ごとに市場規模を予測することができれば、それぞれの価格と売上数量にふさわしいプライシングモデルが見えてくるはずです。PSM分析をセグメントごとに行えば、価格の受容範囲を探ることが可能です。(PSM/Price Sensitivity Measurement、価格感度測定)


5の「新商品の価格提示と価格帯の調整」については、一般的にいえば、販売チャネルの種類と競合の動きを考慮して行われていますが、このブログで論じてきたような消費行動をもっと重視する方向に転換できれば、より大きな売上げと利益の創出機会を獲得できるはずです。

そのためには、新商品の売り手企業が買い手である消費者や法人企業に対して、新商品のベネフィットや価値を的確に伝えられるマーケティングコミュニケーション能力をもっと磨いていくことが必要で、革新型の場合は尚更です。適切な販売チャネルの選定、効果的なプロモーション手法の選択とその実行頻度の検討が求められます。販売チャネルとプロモーションについては、プライシングの後に続けて行う予定です。


10/19/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その22

新商品の価格はどのように決めるのがいいのでしょうか。

コロナ禍以降、モノの値段は高騰(または暴騰)し、根拠のないめちゃくちゃな値付けになってしまったのものが少なくありません。なかでもお米はその代表格といえるでしょう。たとえば、大分県産のひとめぼれの特Aが、2024年の秋だと10kgで4,280円だったものが、25年には値段が上がり続け、筆者の知る限りで最高値の時には14,000円にもなりました。その後、値段は一定せず、11,000円くらいまで僅か1日くらいで下がったかと思えば、また上がったりするなど、消費者をバカにしたような値段がつけられ続けています。

野菜農家や果物農家、または畜産農家などと違って、米農家が生産する米の値段が、短期間で、1.5倍や2倍どころか、3倍以上にもなるというのは狂気の沙汰で、説明などつくはずがありません。何故なら、たとえばハウス栽培をする野菜や果物農家にかかる電気代とか、多くの肥料を輸入に頼るような畜産農家などと違って、米農家にはそういったインフラや原材料などに係るコストがないからです。勿論、まったく要らないというわけではありませんが、極めて小さいものに過ぎません。

このように近年のプライシングには、常識とか倫理といったものが通用せず、事業のあるべき姿やビジネス上のセオリーなどは消失した感があります。ですが、いつまでもこのような状態が続くわけでもなく、いずれそういった事業者は淘汰されることになるでしょう。


新商品のプライシングは、市場における当該商品の位置付けを考えて決めるというのが、おそらく最も適切なやり方です。モノであろうとサービスであろうと、新商品は、次の3つのいずれかに該当します。

革新型: 比較できる類似品が存在しない、まったく新しい商品

改良型: 機能強化、サービス付加など、既存品の延長線上にある商品

模倣型: 他社商品と比べ目新しさのない商品


自社が新たに開発している新商品が、上記3タイプのどれに該当するかを正しく判断することが、はじめにすべきことです。


革新型であれば、自由な値付けが可能ですが、そもそも買い手が当該品のベネフィットを理解してくれるかどうかはわからず、適正価格の設定とその後の価格コントロールは、参入してくる可能性のある企業を想定しながら行う必要があるため、非常に難しいものがあります。

革新型の価格戦略には、スキム価格浸透価格を適用することができます(ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その6)。但し、自社新商品の価値を、経営者や担当者が過大に評価するケースは珍しくないため、何が革新的なのか、本当に革新的なのか(実は改良型に過ぎないものを革新型として売り込もうとしていないのかとか、実際のところは他社追随型の模倣品であるにも関わらず経営層向けの受けを狙ったものではないのかなど)を、見極めなければなりません。


改良型では、改良によって買い手が得られるベネフィットが適切なものか、また、そもそも買い手は改良を望んでいるのかといったようなことを正しく把握しなければなりません。また、当然のことですが、競合の動きは慎重に見極めなければならず、無用な価格競争に陥っては元も子もありません。やり方としては、差別化プライシング競争的プライシング製品ラインプライシングの3つに大別できます(価格その4価格その5)。


模倣型の場合は、買い手からすると、目新しいベネフィットは見当たらないため、費用構造を念入りに分析し、考えなければなりません。また、自社のブランドイメージを毀損するような値付けだったり、市場ポジショニングと乖離した値付けをするようなことになると、取り返しのつかない失敗につながる可能性もあるため、細心の注意を払って行う必要があります。模倣型では、協調適応日和見略奪という4つ価格戦略のいずれかを用いることができます(価格その6)。


繰り返しになりますが、新商品のプライシングは、対象となる新商品が革新型なのか、改良型なのか、模倣型なのか、どれに該当するのかを慎重に見極め、その新作の位置付けを明確にすることから始めます

注意しなければいけないことは、いきなり細かい点から入ってあれこれ論じたり、いくらにすれば損をせずに済むかといったような、謂わば局所的な検討や、リスク回避的ともいえるような思考や行動は避けなければならないということです。新商品の可能性を自ら狭めたり、むやみに広げたりすることがあってはなりません。まずは、高いところから考える、全体を見るといった思考アプローチで、新商品のタイプ(革新型、改良型、模倣型)を考えることが必要です。


位置付けを明確にしたら、次は当該新商品のベネフィットを評価することになります。これについては、次回にしたいと思います。


10/13/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その21

前回の価格その20は、ネイゲルとホールデンの7つのプライシング・セグメントの2つめから4つめまで、「購入場所によるセグメント化」、「購入時間によるセグメント化」、「購入数量によるセグメント化」について触れました。今回は、残りの3つについてです。


5つめの「製品デザインによるセグメント化」は、サイモンとドーランのプライス・カスタマイゼーションの「製品ラインアップによるフェンス」のなかの一つに含めることができるでしょう(ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その16)

ネイゲルとホールデンは、このセグメント化の例として、航空会社のビジネストラベラー向けフライトスケジュールの調整が容易いタイプの航空券と、多くの観光旅行者向けのフライト日程変更不可の航空券の違いや、石油会社の精製コストは、レギュラーガソリンとプレミアムでは殆ど変わらないにも関わらず、販売価格には一定の違いがある例などを挙げ、売り手が再販を制限できるプロダクトを扱う場合には、このセグメント化は容易に行うことができるとしています。


6つめの「製品とりまとめによるセグメント化」は、7つめの「抱き合せ販売によるセグメント化と測定」と併せて、サイモンとドーランの「取引特性によるフェンス」(ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その18)のなかの一つに含まれます。

グロッサリーストアやファストフード店などでの商品購入で得られるスピードくじ、レストランで単品注文よりもお得なセットメニューなど、日本でもお馴染みのものですが、米国では一層ポピュラーなもので、食品や日用品などの最寄り品でよくみられるセグメント化です。

専門品の代表的な商品である車では、たとえば新車購入時に、モノやサービスなど様々なオプションをつけて販売しています。とりまとめて一括購入すると、個別に購入するよりも、安く、何より手軽に手に入れられるのが買い手からはメリットでしょうし、売り手もあまり手間をかけずに売上げを伸ばすことができます。パッケージ旅行商品にあるオプショナルツアーなどもこれに含まれ、選択可能な付加価値的とりまとめをするセグメント化といえるでしょう。


最後の「抱き合せ販売によるセグメント化と測定」は、おそらく最もよく知られるものに、製品とメンテナンスサービスの組合せが挙げられます。日本でも、マンションなどの集合住宅や業務用エレベーターなどは、その代表例といえるのではないでしょうか。ほかにも複写機とインクカートリッジや、PCとソフトウェア、また、DVDでの人気ソフトとそうでないものとの組合せなどがあります。ところで、この7つめのセグメント化での「測定」というのは、製品の使用頻度をモニタリングし、サービスを付加して、つまり抱き合せて提供するということが、このセグメント化の目立った特徴(但し、全てがそうではありません)であるためです。固定費が高い業界では、このセグメント化は効果的といえるかもしれません。


プロダクトの何処に着目すれば、より利益を生み出すプライシングが可能になるのか、優れたセグメント化が実現されるのかといったことは、マーケティングマネージャーの卓越した市場インサイトにかかっているといえるでしょう。


10/01/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その20

前回の価格その19は、プロダクトの提供方法の変更をとおして、異なる価格設定の重要性について述べました。そのなかで、ネイゲルとホールデンの7つのプライシング・セグメントの有用性について触れ、1つめの「買い手の身元確認によるセグメント化」について概説しました。


今回は、2つめの「購入場所によるセグメント化」から始めます。このセグメント化は、日本でも広く行われている一般的なやり方です。なお、このセグメント化は、サイモンとドーランのプライス・カスタマイゼーションの4つの方法のひとつである利用可能性によるフェンス」の購入場所の限定と同じ考え方です(ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その17)

価格その17の内容と重複しますが、場所によるセグメント化の例として、たとえば、ホテル客室内のミニバーや冷蔵庫にある飲料などが通常価格より大幅に高いこと、宅配ピザと同じピザを店内で食べた時の価格の違い、外国人が日本以外の居住地で日本国内の列車チケットを購入する時の割引料金、競争の激しいエリアとそうでないところの同一小売チェーンが扱う同一商品の価格の差異、オフィス街にある自販機で売られている飲料の価格とリゾート地やへき地などでの価格の違い、地域によって送料が異なるケースなどが挙げられます。

また、グローバル化が進行しているとはいえ、同じ商品でも国によって取り巻く競争環境が異なるため、価格に大きな差異が生じていることは珍しくありません。広く知られているコカ・コーラやマグドナルドのハンバーなどが、為替や物価水準を差し引いても、国や地域よってかなりの違いがあるのはこのためです。


3つめの「購入時間によるセグメント化」は、サイモンとドーランのプライス・カスタマイゼーションの「取引特性によるフェンス」のひとつに該当します(ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その18)飛行機や列車、ホテルなどの早割、高速道路の深夜割引をはじめ、自動車保険等の契約更新前の早期割引、電気やガスなどのインフラ料金の時間帯別割引などが挙げられます。ほかにも、ファッション衣料雑貨のシーズン終了後のバーゲン価格や、型番が古くなったPCほかのIT関連製品、車のモデルチェンジ直前の現行モデルのディスカウント、さらにはレストランでのランチタイムのお得価格なども該当するでしょう。


4つめの「購入数量によるセグメント化」も、「取引特性によるフェンス」のひとつに数えられます。価格その18ではFSPなどのポイントアップ・プログラムについて触れました。ネイゲルとドーランは、購入数量割引には、「ボリューム割引」、「オーダー割引」、「段階的割引」、「二重価格」の4つの種類があるといっています。

両氏のいうボリューム割引とは、基本的に法人の大口顧客向けで、ビジネスを継続させるために適用されるものです。一般消費者向けは、オーダー割引という名称となり、少しでも多くの量を、注文金額をより大きなものにするために行われるものです。たとえば、飲料やアルコール類の1ケース売り、菓子類の4袋まとめ売り、最近ではアマゾンの4点買うと5%オフなどになるでしょう。

段階的割引は、指定数量を上回って購入した場合に割引が適用されるものをいいます。両氏は、電気料金を例に説明していますが、日本ではあまり一般的とはいえません。おそらく最も知られているものは、ポイントアップ・プログラムで、年間購入金額が一定額を上回ると、ポイント還元率がアップするというものでしょう。リアル、ネット問わず、この段階的割引の仕組みを取り入れている企業は少なからずあります。

ここでの二重価格とは、ひとつのプロダクトの消費に対して、異なる2つの請求をすることをいいます。基本料金と個別の利用量、たとえば、スポーツジムやフィットネスクラブの年会費と時間帯別利用料金、比較的高額なレストランでのメニュー料金とサービス手数料などが代表的ではないでしょうか。

両氏は、二重価格によるセグメント化は、高頻度利用者には有利に働く一方で、低頻度利用者にも魅力あるサービス提供を維持継続させることを可能にするとしています。フィットネスクラブを頻繁に利用する人は、年会費を利用回数で割ると1回当りの額が低くなり、あまり利用しない人にとってはいつも使っている人でも飽きがきにくい設備・仕様環境を楽しめるからということになるのだろうと思います。

5つめの「製品デザインによるセグメント化」以降については、次回といたします。


9/22/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その19

企業は商品の差別化をとおして、できる限り高い価格を設定したいと努めます。そのため、自社プロダクトのベネフィットを評価してくれる買い手を、少しでも多く獲得したいと考えます。何故なら、自社商品をいつも評価してくれる買い手は、そうでない人たちより、より多くの対価を支払ってくれるからです。

買い手によって異なる価格感度は、参照価格の違いによるものが大きいことは、これまで見てきたとおりです(ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その11その12)。(価格感度の説明については、こちら→ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その15)


それでは、基本的に同じプロダクト(製品、サービス)において、どのようにすれば異なる価格を設定することができるのでしょうか。全く同じ環境下で、同一のプロダクトを、異なる価格で提供することは、通常できないでしょう。けれども、プロダクトの提供方法を変えたり、プロダクトの購入(または利用)時の条件を変更すれば、たとえ同じプロダクトであっても、異なる価格を設定することが可能になります。


買い手の特性に合わせて価格をカスタマイズするプライス・カスタマイゼーションについては、ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その16その17その18で述べました。


このほかにも、トーマス・T・ネイゲル(米国シカゴ大学等の元教授)とリード・K・ホールデン(ホールデン・アドバイザー創業者、プライシングエキスパート)の7つのプライシング・セグメントという考え方があり、これも大変有効なものです(呼び名が違うだけで、買い手の特性に従い、異なる価格を設定するという考え方は、プライス・カスタマイゼーションと基本的に同じもの)。

両氏は、プロダクトにおける価値の相違と連動するプライシング・メトリクスを確立することは、様々な買い手を獲得することにつながると述べていますセグメント化されたプライシングで成功するためには、それぞれの業界の状況に即したアプローチを選択し、的確なプライシング・メトリクスと、価格感度の相違で買い手を区分するプライシング上のフェンスをいかに作るかにかかっていると説いています。

買い手の身元確認によるセグメント化

購入場所によるセグメント化

購入時間によるセグメント化

購入数量によるセグメント化

製品デザインによるセグメント化

製品とりまとめによるセグメント化

抱き合せ販売によるセグメント化と測定


買い手の身元確認によるセグメント化」は、よくあるセグメント化といえるでしょう。日本で典型的なものには、学生割引、シニア割引、クーポン利用による割引があります。なかでも、クーポンの活用は、異なる価格セグメントの消費者を惹きつけたり、プロダクトブランドの変更や新規顧客獲得の契機になり得ます。かつての携帯キャリアの乗り換えなどは、その典型例といえるでしょう。ほかにも、会員割引、提携先や提携カードメンバーへの割引、誕生日や結婚記念日等のアニバーサリー特典などが挙げられるでしょう。

この「買い手の身元確認によるセグメント化」は、サイモンとドーランが説いたプライス・カスタマイゼーションの4つの方法のひとつである「購買者特性によるフェンス」(ブランディング(7)マーケティングミックス③ 価格その18)と、基本的に同じ考え方です。


ところで、この「買い手の身元確認によるセグメント化」は、価格感度の高い買い手に対して有効なやり方ですが、身元を確認できるものを提示してもらうことが前提となるため、個人情報の開示を好まない人には通用しません。

このため、どんな商品の買い手でも価格感度を示してもらうためには、予め高い価格、たとえば定価や正規料金を提示し、身元確認をとおして割引するようにもっていくことと両氏は述べています。けれども、買い手はプロダクトの購入/利用をとおして学習します。時間の経過と共に、その手の情報には長けるようになり、選択肢の幅を広げていくことになります。このため、プロダクトの提供側は、こういった買い手の変化をいち早く察知し、セグメントの見直しや広義のコミュニケーションスキルを磨いていかなければなりません。同じやり方がいつまでも通用するということはまずないからです。

ところで、このセグメント化における両氏の興味深い分析として、価格感度の高い買い手は、提示された価格や提供されたサービスに対して不満を述べることは少ないが、価格感度の低い買い手はそうとは限らないばかりか、むしろしばしば不満を相手に伝えるというものです。筆者も、この記述には思いあたるところが多く、プライシングによるセグメント化を検討する上で、非常に参考になると思います。

購入場所によるセグメント化以降については、次回にしたいと思います。


9/13/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その18

前回はプライス・カスタマイゼーションの4つの方法のうち、2つめの「利用可能性によるフェンス」について述べました(1つめは「製品ラインアップによるフェンス」)。今回は、残り2つの「購買者特性によるフェンス」と「取引特性によるフェンス」についてです。


(3)の購買者特性によるフェンスは、属性ごとに異なる顧客価値に沿って、価格をカスタイマイズする方法で、ジェラルドJ.テリスの9つの価格戦略の第2市場ディスカウンティング(価格その4)に相当します。遊園地や映画館での子ども割引、一部の食品スーパーで行われている高齢者割引、PCソフトなどでみられるアカデミック割引などが代表的なものとして挙げられます。ここで重要なことは、コストをできる限りかけずに購買者の特性を識別できるようにすることです。その属性には、以下の4つがあります。

年齢(子供や高齢者の割引)

組織特性(エンドユーザーと小売流通企業)

ユーザー特性(新規購入者と既存顧客)

支払能力(大学の奨学金受給学生とそうでない学生)


なお、②組織特性については、エンドユーザーの商品選択を主導的に決めることができる大口顧客(たとえば問屋など)に対して、価格を下げることで、当該大口顧客の商品変更の余地をなくしてしまうことなどが該当します。サイモンとドーランは、このフェンスの例として、米国における医薬品業界の卸売企業による薬局薬店などの小売企業に対する例を挙げています。



(4)取引特性によるフェンスは、デジタル機器の活用により、現在ではふつうに行われている価格をカスタマイズする方法です。これには主に、①購入/利用時期、②購入/利用量、③購入/利用するプロダクトの組合せという3つのタイプが挙げられます

購入/利用時期: 飛行機や鉄道・バス・フェリーなどの早割、高速道路の深夜割引、車の保険やメンテナンスの特定期日前の契約による割引などは、よく知られています。また、電気やガスなどもインフラでも時間帯別割引料金を導入しています。 

 

購入/利用量: 取引特性によるフェンスの中で、このタイプが最も一般的です。国内では今日、もはや殆ど聞くことがなくなってしまったFSP(フリークエント・ショッパーズ・プログラム)が該当します。FSPは、小売企業が顧客の購入履歴を分析して、優良顧客を囲い込むための手法で、もともとは航空会社のFFP(フリークエント・フライヤー・プログラム)を真似たものだったかと思います。FSPは、航空会社が顧客の搭乗距離に合わせて、マイレージポイントを貯められるようにして、一定マイルに達すると様々な特典を付与するもので、呼び名はともかく、今日では当たり前のサービスとして流通しています。 

FSPやFFPなどに代表されるポイントプログラムは、データ分析による顧客の囲い込みと選別にとどまることなく、蓄積したデータを活用して、自社提供サービスの改善や開発につなげることが狙いだったはずです。ところが、ポイントプログラムが年々、複雑多様化することで、分析は後回しとなり、プログラムは単なる割引制度になってしまったというのが、国内市場の状況だといえるでしょう。

 

購入/利用するプロダクトの組合せ: 価格バンドリングと呼ばれるこのやり方は、束ねるという意味のバンドリングが表すとおり、幾つかのものを組合せて販売します。最も一般的なものは、本体と一緒に付属品を購入すると、付属品の価格が安くなるというもので、たとえばPCとソフトウェア、複写機とカートリッジ、新車購入時の様々なオプション、昼食時の食事と食後のコーヒー、ハンバーガーとポテトといったものが代表的でしょう。 

また最近では、コンテンツサービスのバンドリングも多数見られるようになりました。アマゾンプライム、ネットフリックス、ユーチューブプレミアム(YouTube、YouTube Music、YouTube Kids)などが該当します。こういったサブスクリプションをひとまとめにしたセット販売には、ユーザーが1つのプラットフォームで提供されるサービスへ一元的にアクセスでき、支払いも済ませられるということに、利用者が利便性を見いだしているのでしょう。こういったサービスは、エンターテインメントに限らず、ゲーム、教育、更には電力をはじめとしたエネルギーや金融などまで広がり、業界を横断してサービス提供が進められようとしています。筆者個人としては、やはりプライバシーやセキュリティなどが気になりますし、また、そこまでの利便性は必要ないと感じています。 

こういったバンドリングの一方で、コンテンツ産業では以前からアンバンドリングも存在しています。以前であれば1枚のCDに収められていた音楽を、オンライン上で曲ごとにダウンロード購入できる楽曲販売が代表的なものです。


プライス・カスタマイゼーションは利益を増大させる可能性のある有用な手法です。サイモンとドーランは価格をカスタマイズするにあたり、重要なポイントを次のように述べています。

1. 顧客ごとに異なる知覚価値(商品やサービスに対して感じる価値)を把握し、違いが発生する要因を特定すること


2. 知覚価値の異なる顧客ごとに、棲み分けできるフェンスを構築すること。つまり、知覚価値に見合った価格を設定しなければならないということです。顧客を知覚価値によって分類し、その分類がプロダクトの特性に適合している必要があります。このためには、プライス・カスタマイゼーションのベース(製品ラインアップ、利用可能性、購買者特性、取引特性)を明確にしなければなりません。


3. プライス・カスタマイゼーションによってもたらされる利益のみならず、計画し実行する上でのコストにも十分注意する必要があります。複雑なプライス・カスタマイゼーションには多大な運用コストがかかります。円滑に進めていくためには、一気に価格をカスタマイズしていくのではなく、徐々に進めていくこと。最初に2段階の価格を設定して、その後効果が高く実行可能と判断できる割引を付加していくこと。


4. プライス・カスタマイゼーションに関する法的環境を理解しておくこと。特に、顧客が価格に対して不公平感を抱くことがないように、顧客に対する公平性に気をつけること。顧客の不公平感は重大な問題に発展する可能性があるからです。



9/06/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その17

前回は、プライス・カスタマイゼーションの4つの方法のうち、1つめの「製品ラインアップによるフェンス」について述べました。今回は、2つめの「利用可能性によるフェンス」についてです。


(2)利用可能性によるフェンスは、販売/提供方法やチャネルなどを変更することで、価格をカスタマイズするものです。価格をカスタマイズする理由は、ワン・トゥ・ワン・マーケティング手法などにより、顧客を選別してプロダクトの購入/利用確度を高めるために行われます。サイモンとドーランは、利用可能性によるフェンスづくりには、主に4つの方法があると述べています。


クーポン: 紙についている割引券を切り取って使用するものがクーポンの始まりです。筆者が米国留学した90年代には、スーパーなどの小売店やガソリンスタンドでの精算時に、購入品目や額に応じてクーポンをレシートに印字するのが当たり前に行われていました。今日では、インターネットのショッピングサイトやメールなどに記載されているクーポンのコードも、ふつうに目にするようになりました。 

プロダクトの提供者が、顧客の購買/利用履歴に応じて、特定のグループに的を絞り、価格を割り引くクーポンは、購入頻度の高い顧客に対して、さらにもう一品購入を促すためのコモディティ商品における有効なやり方であるばかりでなく、車などに代表される高額品の買い替え需要を促進する手段としても定着しています。

 

ダイレクトメール・カタログ: インターネットの浸透により、この方法は下火になっていますが、筆者は今でも時折目にします。これは、顧客の購買履歴や会員情報に基づき、DMを何回かに分けて郵送し、1回目よりも2回目、2回目よりも3回目というように、回数を重ねるごとに価格を割り引いて案内するやり方です。サイモンとドーランは、7回に分けて、つまり7種類のカタログを作って顧客に配る事例を紹介しています。現在では7回というのはかなり特殊なケースのように思いますが、1回目は標準価格、2回目が割引価格、3回目は大特価というのは、衣料や食品などの分野では珍しくないでしょう。

 

地理的プライシング: 同じ商品であっても、国ごとに価格が異なるのがふつです。これは、たとえば英語を日本語に変える表記や、サイズ、色、容器、パッケージデザインなどの変更に伴うコストの増加、輸配送や保管コストなどに加え、為替の変動と、関税がかかってくるため、ある程度はやむをえないものです。 化粧品や衣料雑貨品は地理的プライシングの典型例といえるでしょうし、車にしても国内で販売されている輸入車は、本国仕様とさほど変わらないのに、日本では非常に高い値段がつけられているものも少なくありません。 

90年代初頭くらいまでの日本では、同一商品の内外価格差がそれなりに存在していました。およそ1.3から1.5倍くらいだったのではという記憶があります。ただ、その頃までの日本人の消費行動は旺盛で、支払い能力(または意欲)も今よりは随分高かったのではないでしょうか。また、消費に対する各人の目は今よりも肥えていたように思います。程度の差はありますが、筆者は内外価格差の存在がそれほど悪いことだとは思いません。経済のグローバル化の進展と共に、内外価格差は縮小し、為替の問題はあるにせよ、世界同一価格的な方向に、この20年くらいは進んできたように思います。それと歩調を合わせるように、日本人の消費行動はこじんまりとし、活力を失ってしまい、暮らしの中で豊かさを実感できなくなってしまったように感じるのは、筆者だけではないのだろうと思います。

 

購入場所限定のプライシング: これは、特定の場所でしかその価格で購入できないものを指します。ホテル客室内のミニバーや冷蔵庫にある飲料や菓子類などの価格が、通常価格より大幅に高いのはこの典型例です。自宅など所定の場所まで運んでくれるピザなどもここに含まれます。訪日外国人観光客向けに割り引かれたJRの周遊券などは、日本国内で購入できず、こういった類いのものもこの購入場所の限定になるプライシングです。 

さらには、競争の激しいエリアに立地しているチェーンストアの小売店と、競争相手がほぼ存在しないようなところに店を構える同一チェーンの小売店では、同じ商品であっても、価格が異なることがしばしばあります。このケースも、購入場所の限定に該当するプライシングといっていいでしょう。各店舗が顧客の価格感度を反映した値付けを行っているわけです。地方に移住した筆者は、ドラッグストアの商品、たとえば地方で売られているトイレットペーパーやティッシュボックスなどの価格が、都心一等地に構える同一のドラッグストアのものより、随分と高いことはちょっとした驚きでした。製紙メーカーの工場が、東京よりはるかに近いところに立地しており、輸送コストもさほどかからないはずですが、競争環境と販売量が異なるからというのが理由になるのでしょう。

3つめのプライスカスタマイゼーション「購買者特性によるフェンス」は、次回とさせていただきます。


9/01/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その16

前回は価格の測定尺度について述べました(価格その15)。今回はプライス・カスタマイゼーションについてです。


企業は、幾つかの市場セグメントに対して、1つのプロダクトを1つの価格で提供するよりも、セグメントが異なれば、異なる分だけ違う価格で提供するほうが、売上利益増大の観点で効果的です。また、同一セグメントにおいて、1つのプロダクトを状況に応じて異なる価格で提供することがビジネス倫理上問題なければ、より効果的だといえます。顧客の特性に合わせて価格をカスタマイズすることを、プライス・カスタマイゼーションといい、利益を拡大させるための手法で、価格を改定していく契機にすることができます。


ハーマン・サイモン(サイモン・クチャーアンドパートナーズの創業者)は、ロバート・J・ドーラン(ハーバード・ビジネススクール元教授)との共著『価格戦略論』のなかで、プライス・カスタマイゼーションには、基本的に4つの方法があり、そこではフェンス(仕切り、囲い)を作ることによって、価格をカスタマイズすることができると述べています。

(1)製品のラインアップによるフェンス: 顧客が自分の嗜好に合わせて製品を選択できるように、製品ラインを拡張させることで価格をカスタマイズする。

 (2)利用可能性によるフェンス: 顧客を選別して、販売/提供方法やチャネルを変更するなどして、価格をカスタマイズする。

(3)購買者特性によるフェンス: 属性ごとに異なる顧客価値に沿って、価格をカスタイマイズする。

(4)取引特性による分類: 取引の時期や取引量なでに応じて、価格をカスタマイズする。


(1)の製品ラインアップによるフェンスは、顧客が自分の嗜好に合わせて製品を選択できるように、製品ラインを拡張させることで価格をカスタマイズします。この製品ラインアップは、同じカテゴリーで少しずつバリエーションをつけて製品展開を行うことが基本です。これはカテゴリーの拡張ではなく、製品ラインの拡張であり、ブランド価値を維持しながら、顧客の裾野を広げていくことが重要な目的のひとつとなります。

興味深い事例として、サイモンは1995年に発売した米国自動車メーカーフォード社のトーラス新モデルを挙げています。当時、標準グレードのGLモデルの価格が、従来のトーラスの顧客層にとって割高のため批判を受けた際、フォードはこのGLモデルの価格を下げずに、人気が高いオプションをやめ且つカラーバリエーションを減らして、600ドル安い新しいGモデルをラインアップに加え、低価格帯のモデルを充実させたというものです。これは当時のトーラスにおけるフォードの戦略を堅持しながら、価格に敏感な顧客層に適切に対処した事例といわれています。


車がイメージしやすい製品ラインの拡張ですが、化粧品のライン拡張はより戦略的といえるかもしれません。たとえば、高級化粧品の代表格であるクリスチャン・ディオールは、基礎化粧品のラインを3つのクラスに分類しています。エントリークラスとしてカプチュールトータル、アドバンスがプレステージホワイト、ハイエンドで知られる最上級のディオールプレステージです。ディオールは、エントリーとして幅広い層を対象にした良いものとしてカプチュールトータルを薦め、顧客の年齢や製品の使用期間などに合わせてより良いものとしてプレステージホワイトを、最後は最上位ランクにある最高のものとしてディオールプレステージへと、クラスを上げていきながら、顧客の生涯にわたって関係を維持していけるようにしています。この間、様々な試供品は勿論のこと、希少なノベルティグッズや、プロモーションを徹底して行います。

ディオールの基礎化粧品についていえば、最上位ランクのステータスが、ブランド全体の品質を表現し、エントリークラスの位置付けにあるカプチュールトータルの製品イメージを大きく押し上げているといえるでしょう。エントリークラスでは他社製品との競争が激しさを増しますが、ブランド全体に浸透するプレステージ性の高さが、競争を軽減させたり、回避させることに貢献しています。なお、ディオールの販売チャネルは、百貨店を中心に、一部の専門店ビルと、自社のオンラインショップのみです。

国内の化粧品メーカーは、今でも百貨店、量販店、コンビニエンスストアなど、小売業態や販売チャネルに合わせて、ブランドを変更するなどして、多数の製品を提供しています。ブランドの絞り込みが難しい事例として、2005年くらいに資生堂がチャネル横断でマキアージュを展開し、ブランドイメージを毀損したことが挙げられます(ブランディング (4)ターゲティング ③3つのアプローチ)。化粧品のような美やイメージを売る製品については、基本的に1つのブランドがチャネルを跨って、同一価格で提供するということは、通常ありえないでしょう。


垂直方向に伸びる製品ラインアップは、車や化粧品以外にも、ファッション衣料(たとえばかつてのラルフローレンのポロとチャップスの関係がわかりやすいケース)や、輸入洋酒(たとえばブランデーのヘネシーでいえば、VS、VSOP、XOなど)に代表されるようなラグジュアリーな製品カテゴリーがあります。ITの分野でいえば、典型的なところでは、アドビ社の無料のアクロバットリーダーとアクロバットプロをはじめ、グーグルの無料のGmailから有償の幾つかのランク、ズームの無料ウェブ会議ソフトから有償版まで、様々なところで見ることができます。

サービスでは、航空会社のファースト、ビジネス、エコノミーの各クラスに加え、近年増加しているプレミアムエコノミーをはじめ、列車や船舶なども同様です。ホテルも同様ですが、シティホテルになると、よりバリエーションが広がります。なお、これらについては、(3)の取引特性による分類で、取引の時期で価格が変化することについて取り上げます。


水平方向の製品ラインアップは、先の化粧品でいえば、機能性としてスキンケアのホワイトニング、しわ排除のリンクルケア、しみをなくすスポッツケアなどがあります。ほかにも、フレグランスやメークアップなどもこのラインアップに含まれます。ファッション衣料では、デザイナーのブランドでよくみられる鞄や靴などの雑貨へ製品を拡張させることも水平方向のラインアップに該当します。ブランド力を最大限活用すれば様々な拡張が可能となりますが、規模が大きくなればなるほど、トラブルは発生しやすくなるものです。いつのまにか、あらゆるものをあらゆる人に提供するなどとなってしまい、ブランドイメージの悪化や信頼感の低下などにつながるようなことがあっては元も子もありません。


ほかには、製品を提供するタイミングが挙げられます。たとえば、映画はロードショー、二次封切り、DVD販売、DVDレンタルなど、時間の経過と共に価格が変化していきます。また、DVDの販売でも、通常のDVDから、ブルーレイ、4Kなどとバリエーションが広がり、CDも同様です。書籍は、ハードカバー(単行本)から、ソフトカバー(文庫本やペーパーバックなど)へ体裁を変えることで、購入の間口を広げ、より多くの読者を獲得しています。


このように見てくると、製品のラインアップによる分類といっても、様々なものがあることがわかります。ビジネスのアイデアや気づきは、同業種からではなく、異業種から得られることが少なくありません。他業種、他業界では当たり前とされているものでも、自らの業界では慣行されていないこともあり、新しいプライスカスタマイゼーションが見つかるかもしれません。

次回は、(2)利用可能性によるフェンスについてです

8/23/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その15

今回は価格についての15回めで、価格の測定尺度を取り上げます。これまでの内容は次のとおりです。 価格その1(価格の多様性)その2(価格検討3つのレベル)その3(プロダクトレベルでの検討)その4(先発企業の価格戦略①)その5(先発企業の価格戦略②)その6(先発企業の価格戦略③と後発企業の価格戦略)その7(経営の意志)その8(ライフサイクル①)その9(ライフサイクル②)その10(消費者の価格概念)、その11(内的参照価格①)、その12(内的参照価格②)、その13(バリュー・プライシング)、その14(EDLP)


価格の測定尺度には、よく知られるものとして、価格評価と価格感度があります。価格評価とは、プロダクト(商品/製品とサービス)を価格の視点で評価することです。価格感度は、価格変化に対する消費者をはじめとした買い手の反応を表します。たとえば価格感度の高い消費者というのは、価格に対して敏感な消費者という意味になります。


測定尺度には、もうひとつ「価格関与」というものがあります。「関与」は、国内外の研究で共通した用語ではなく、(共通の用語が存在しないために)学習院大学の元教授である上田隆穂氏が提唱したものです。上田氏の研究には、僭越ながら優れたものが多いと思いますが、ただ、この価格に関係するという意味合いの関与という用語に限って言えば、筆者にはどうもしっくりきません。ですので、本稿では「価格価値」という表現に変えて、消費者がプロダクト価格の支払いをとおして、自分が得たいことを表すものという意味合いを持たせた言葉にさせていただきます。


価格には、一般的に、「犠牲」、「品質」、「プレステージ」という3つの意味があるというのが通説です。犠牲については経済学で用いられるものですが、ビジネスの現場で使う言葉として、犠牲というのはあまりふさわしいとは思えませんので、筆者はこれを「対価」という言葉に変えたいと思います。

以上から、プロダクトを購入/利用する時に、価格がそのプロダクトの価値を表す価格価値については、第一に対価、第二に品質、第三にプレステージという3つで構成されることになります。

ひとつめの対価(または犠牲)については、当該プロダクトが備えていると期待されるそもそもの機能や働きに対して支払う消費者ごとの妥当性を表します。

ふたつめの品質は、消費者が要求する特徴や、機械でいえば性能、食でいえば味覚といったそのプロダクトの働きが持つ精度や程度を示すもので、価格の多少が品質の良し悪しを推し量ることになります。

プレステージについては、他者からどのように見えるか、または見られたいか、見せたいかといったことを表し、それが価格の高低でプレステージ性を感じるか否かという意味になります。


これら3つを用いた質問項目(測定尺度)については、上田氏のものをここにそのまま引用させて頂きます(上田隆穂著マーケティング価格戦略P113-114)

対価(または犠牲)

どのくらい安くなっているかが気にかかる。 

価格の変化をたまにチェックする。  

何処でも買えるならばディスカウントストアで買うほうがいい。 

バーゲンや特売があるときに購買する。

品質

高い商品は品質がよいと思う。 

安物を買って後悔したくない。 

高い商品を買っておけば面倒がなくてよい。

プレステージ

正直にいうと、他人に印象づけるために私は高い商品を買う。 

価格の高い商品を買うことによって、他人に自分を印象づけることができる。 

他の人たちが私よりも高い商品を買っているかどうか時々探ってみたくなる。


これらの質問項目をそれぞれ7点尺度として(全くそう思うを7点、全くそうは思わないを1点など)、消費者ごとに点数をつけると、各人の傾向がわかり、対価(または犠牲)、品質、プレステージの3軸でサンプルを全てプロットすれば、価格価値(または価格関与)の消費者分布がわかり、ターゲットセグメントの発見につなげやすいと上田氏は述べています。


新規のプロダクト開発で、ターゲットセグメントを見つけるために適用できる面もあると思いますが、何より自社の現行顧客はどういった人たちが多いのか、対価志向か、品質志向か、プレステージ志向かといったことを知るのに役立ち、この点から自社の意図したものとの乖離を掴むことができるなど、非常に有用だと思われます。

但し、近年の異様な価格高騰下では、対価での点数が高くなり、価格で買物を考えるセグメントが非常に大きな割合を占めるようになるのは、(悲しいことですが)自然なことなのだろうと思われます。また、対価(または犠牲)の質問内容については、今日の経済情勢により即したものにする必要があると思いますので、これらの点については注意が必要です。

次回は、プライス・カスタマイゼーションについてです。




8/17/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その14

前回の価格その13では、バリュープライシングについて述べました。今回は、エブリデイ・ロー・プライシング(EDLP)についてです。

EDLPは、バリュープライシングでの検討事項を踏まえた価格決定の手法です。EDLPは、プロダクトの値上げと値下げを繰り返すパターンをやめて、毎日(エブリデイ)を基本として、プロダクトの価格を一定期間、変動させずに価格を設定します。

ケビン・レーン・ケラーは、P&Gが90年代はじめに、価格政策をEDLPへ転換して成功した事例を紹介しています。P&Gが価格設定をEDLPにしたのは、商品値下げにより消費者へ還元されたのは全体のわずか30%にとどまり、残り70%の半分は小売段階でのコスト上昇分として吸収され、あとの35%は小売業の直接利益になっていたという当時の状況を変えることでした。P&Gは、EDLPをとおして、流通業向けの値引き回数を減らす代わりに、卸売定価を引き下げることで、小売業がEDLP前とほぼ同じ利益率を維持できるようにしながら、P&Gブランドの価格の一貫性を回復させることを企図したのです。

P&Gは自社ブランドの半数の定価を下げ、大半の商品の一時的な値引きを止めた結果、前年比で利益を10%程度、節約することができたということです。このようなことから、ブランドロイヤルティの構築、カテゴリー内におけるプライベートブランドの参入回避、製造コストと在庫コストの削減につながったというウォールストリートジャーナルの記事を、ケラーは取組みの成果として引用しています。


但し、米国のスーパーなどで何度か買物をしたことがある人であれば、誰もが知っていることですが、EDLPだからといって、商品を週替わりのように割り引く販促をまったくしないというわけではありません。消費者の購買意欲をより喚起するために、季節催事などによる販売促進は行われています。ここで重要なことは、各者がウィンウィンの関係を築けるように、単に目先の売上げや利益を追うのではなく、根源的な問題を解決するために、長期的な観点で打ち手を考え、各者一緒になって、まずは実行してみるということだと言えるでしょう。


日本では、EDLPはウォルマートでお馴染みでしょう。かつてウォルマート傘下だった時のGMSの西友は、時間をかけてEDLPによる売場運用を定着させたようです。食品スーパーのオーケーもEDLPで常時低価格販売を実現させています。小売業でのEDLP(日本では、エブリデイ・ロー・プライシングではなく、エブリデイ・ロー・プライスと言われています)は、大々的な特売を行わないため、集客自体をおよそ平準化できることから、売上げや利益の目途をつけやすくなります。店舗の運用コストの低減につながるのはいうまでもなく、実際、特売品などの品出しや陳列変更、ピーク時などを想定した通常以上のレジ要員を手配する必要もありません。

さらに、EDLPによって、自動発注の精度は上がり、自動棚割なども取組みやすくなります。こういったことから、両社の営業利益率は同業他社のものより高いものになっています。日本の小売市場のハイ&ローの弊害は、随分前から指摘されてきました。けれども、それを継続して改めようとする活動は、残念ながら未だにごくわずかです。

メーカーは、小売業から納入価格の引き下げ要求は当たり前、たとえば原材料に為替や天候の影響を大きく受けるものが使われていようと、お構いなしの感があります。そのため、メーカーからすると、売上げが伸びた割には、利益がまったく増えないということは珍しくありません。ハイ&ロー、特に激しいハイの特売に依存した販売は、メーカー商品のブランド価値を毀損させる可能性があり、小売業にとっても消費者の値頃感を低下させることにつながります。加えて言えば、特に食品スーパーなどでの特売で得た売上げは、単に需要を先取りするだけだともいえるでしょう。過度なハイを繰り返せば、小売企業同士の熾烈な価格競争に発展するのは、容易に想像がつきます。

また、消費者にとっても良いとは言えない面があります。小売業からの要請に応えざるをえないメーカーは、特売価格実現のために、原材料の質を下げたり、仕様変更せざるをえないこともあるでしょうから、最終的には消費者に跳ね返ってくることになります。近年、日本の消費者の質的低下、たとえば安ければそれでいいとか、商品の中身(原材料や製法など)を見ずに買ったり、とにかく自分では調理せず安価なできたて総菜で毎日の夕食を済ませるといったことの原因のひとつになっているように思えるのは筆者だけでしょうか。


8/04/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その13

価格の13回めです。これまでの内容は次のとおりです。 価格その1(価格の多様性)その2(価格検討3つのレベル)その3(プロダクトレベルでの検討)その4(先発企業の価格戦略①)その5(先発企業の価格戦略②)その6(先発企業の価格戦略③と後発企業の価格戦略)その7(経営の意志)その8(ライフサイクル①)その9(ライフサイクル②)その10(消費者の価格概念)、その11(内的参照価格①)、その12(内的参照価格②)


フィリップコトラーは、ベネフィットと価格の組合せによるブランド価値に基づいて、ポジショニングするバリュー・ポジショニングを5つのタイプに分類しています。ベネフィットが多くて価格が高いか同じか安いか、ベネフィットが同じで価格が安いか、そこそこのものをはるかに安い価格で提供するかの5とおりです(ブランディング (5)ポジショニング バリュープロポジション)


ケビン・レーン・ケラーは、ブランドエクイティ構築のための価格設定というのは、現行価格の設定方法と、プロモーションならびに値引きの規模や期間に関する方針、この2項目を決定することだと述べています。


米国企業の多くは、日本企業とは異なり、価格の決定には、消費者の知覚や選好を重視するバリュー・プライシング(またはバリュー・ベース・プライシング、ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その1)と、長期間での値引き方針を決めるエブリデイ・ロー・プライシング(EDLP)の2つを、アプローチとして採用しています。

バリュープライシングは、プロダクトが持つ価値に基づいて価格を決める方法で、プロダクト(製品、サービス)の原価に基づいた価格設定とか、競合プロダクトから足したり引いたりして決める価格とは考え方が異なります。


今日のような原材料費の高騰による異様な値上げや、他社が値上げしたら自社も値上げする、他社が値を下げたら当社も値引くといったような消費者を除く外部要因に依存する価格の決め方とは大きく異なります。

バリュープライシングは、消費者にプロダクトの付加価値を知覚させることができれば、買い手である消費者はプレミアムな対価を支払うという考え方・前提に基づくものです。したがって、バリュープライシングは、そこそこか、そこそこ以下のものを低価格で提供するというものでは決してありません。


そもそもバリュープライシングが大きく取り上げられるようになった背景には、1980年代初頭あたりから、米国は経済成長が大きく鈍化し、消費者の可処分所得の伸びも低下するといった社会情勢下で、プロダクトを安易に値上げできなくなってしまいました。仮に、値上げをしたとしても、コスト意識を強めた消費者には到底受け入れられるものではなく、プロダクトの価値と価格のバランスが非常に重視されるようになった、こういった背景があります。


バリュープライシングは、浸透価格と上澄み吸収価格のほぼ中間に位置する価格設定の仕方です。

浸透価格とは、赤字を出さずに薄利多売を続け、自社の商品価格を業界標準的な価格にしていくプライシングのこと(価格その5)。上澄み吸収価格とは、はじめは高い値段をつけておくことで、スキミング価格とも言われています経時的ディスカウンティングを行う時に、適用されるプライシングです(価格その4)。


バリュープライシングの目的は、プロダクトの設計、プロダクトのコスト、プロダクトの価格、この3つのバランスをとることで、消費者ニーズと企業の利益目標の両方を満たそうとする手法とケラーは述べています。

ここでのプロダクトの設計は、従来の概念よりもケラーは幅広く捉えて、次のようなものが含まれています。新規または改良された付加価値をプロダクトに組み入れることを含めたプロダクトの品質改善、プロダクトパッケージを含むデザインの改良、プロダクトの保証期間の延長、支払いサイクルや方法などの見直し、流通チャネルでの新しい売り方提案、プロダクトのイメージを高める優れた広告などになります。


プロダクトにおけるコストの要点は、費用をできる限り低く抑えることに尽きるといえるでしょう。このためには、原材料の改廃や代替品の投入、製造工程の自動化等による費用の圧縮、業務全般の生産性向上、アウトソーシングの活用による資源の再配置などが挙げられます。

プロダクトの価格では、消費者がブランド価値をどれくらい知覚して、プロダクトコスト以上のプレミアムをどの程度まで支払ってくれるかを把握することだと、ケラーは述べています。消費者の知覚価値を測定する手法には、自由連想や投影法、ザルトマン・メタファー誘因法などの質的調査手法と、ブランド認知やブランドイメージについて数値表現や要約が可能な量的調査手法があります。どのような手法を用いるかはともかく、プロダクトの価格で重要なことは、消費者に提示された価格が、そのブランドのベネフィットと比べて、適切なものだと消費者が理解しているかどうかということです。

知覚価値を的確なものにするには、プロダクト品質を消費者がより魅力的だと感じてもらえるようにする企業努力、謂わば新たな価値の付与による消費者の知覚向上と、これとは逆に、価格を引き下げることによって消費者の知覚価値を向上させるという2つの間でのトレードオフ的な検討をすることになります。

ただ、値引きすることが、新たな価値を付与する活動よりも、コストが余計かかるという研究結果もあるため、単純な値引きはかえって命取りになるといえるかもしれません。

ケラーは、バリュープライシングが最も分かりやすいものとして、(少し古いですが、象徴的なケースとして)フィリップモリスの主力煙草マールボロの値引きの成功例を挙げています。これは、マールボロの価値は価格相応ではないと捉えた当時の消費者が、他ブランドへ買い替えようとしたことを食い止めたばかりか、市場シェアを回復し、より強いブランドになったという事例です。これをケラーは、ブランド価値にふさわしい投資を企業が怠り、安易に値上げすれば、低価格の競合ブランドに対する抵抗力が弱まり、消費者は安いブランドに買い替えるという警告として紹介しています。

次回はEDLPについてです。


7/24/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その12

マーケティングミックスの価格12回めは、前回の内的参照価格(その11)の続きで、今回は文脈効果についてです。

内的参照価格は、消費者ごとに変化していきます。これは、自身の買物経験(実際に購入するか否かは関係なく)の積み重ねによる時間の経過が、変化を生み出す(内的参照価格を更新する)ためで、前回で述べた高島屋のハイランドクラブの事例がそのひとつです。


この時間がもたらす変化以外に、もうひとつ内的参照価格が変化する要因があり、それは消費者を取り巻く状況や環境が変わる場合に起こります。

状況/環境が変化する(内的参照価格がシフトする)というのは、たとえば清涼飲料水を街中の自販機で購入する場合と、海水浴場にある海の家で飲む場合では、価格は異なりますが、およそ多くの人は海の家で買う清涼飲料水の値段が高くても受け入れるはずです。同じように、高級リゾートホテルで飲む清涼飲料水と、ビジネスホテルで飲む清涼飲料水では、中身が同じであっても価格が異なることは誰しも想像できるでしょう(実際に支払うかどうかはともかくとして)。こういった状況による内的参照価格の変化のことを、文脈効果(コンテクスト効果)といい、この効果には主に3つの概念があります。


トレード・オフ・コントラスト: 消費者がプロダクトのどのような属性を意識するかで、プロダクトの選択結果が変わることを説明する概念です。これには、バックグラウンド・コントラストとローカル・コントラストの2種類があります。 

前者は過去の購買経験が現在の比較購買の枠組みに影響を与え、内的参照価格をシフトさせる。後者は提示された組み合わせにおいて、消費者が選択肢の長短を考慮して選択肢のどれかを必ず選ばなければならない状況で発生する効果のことをいいます。たとえば、選択肢xとyの場合ではxが選ばれるが、選択肢がxとyに囮プロダクトのzを加えることで、yが選ばれるような状況のことになります。

 

極端の回避: 名称のとおり、両極端の選択肢を選ばず、価格も品質もそこそこの中庸に落ち着くという概念です。消費者は、利益も不利益も小さくすることで、損失を回避しようとする傾向があることを表しています。

 

カテゴライゼーション: 新たなカテゴリーまたはサブカテゴリーを作ることをカテゴライゼーションといい、特に新しいプロダクトを発売/提供する際に、適用できる概念です。 

消費者にとってこれまで存在しなかったような評価の軸を設けて、他の類似するプロダクトとの差異性を打ち出すことで、消費者の内的参照価格を高く保たせるようにします。たとえば、ふつうの野菜や果物を使った高価格の機能性飲料や食品、デザイン性に優れたスターバックスのコーヒーチェーン、従来の白物家電の常識を覆したダイソンの掃除機などが挙げられるでしょう。


参照価格については多数の研究があり、まだまだ解明されていない点はあるようですが、自分自身の消費行動を振り返って考えると、参照価格の概念、ひいては価格に対する消費者心理に基づいた考え方は有効なものといえます。このため、経済学的アプローチの需要関数などでは、プロダクトの利益を最大化させるような価格設定は、現実の消費生活においては、少々難しいのではないかと思われます。


ここまで見てきたような参照価格に関する考察から、以下のようなことが言えるでしょう。

消費者は価格に対して、プロダクト(製品、サービス)の価値を象徴するものであり、 品質を示す1つの指標として捉えている。 

消費者は許容できる価格をプロダクトごとに持ち合わせ、それは消費者毎に異なる。言い換えれば、消費者一人ひとりが、価格に対する標準的なイメージを持っている。

許容できる価格は、消費者の買物体験をとおして、時間の経過と共に変化する。 

許容できる価格は、消費者を取り巻く状況/環境によっても変わる。つまり、オケージョンによって価格の許容範囲は異なる。

新しいカテゴリーを創出したプロダクトについては、消費者の価格感度は従前のものとは異なる。ある意味、感度が鈍感になるといえば、言い過ぎでしょうか。


次回はバリュー・プライシングについて取り上げます。


7/14/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その11

マーケティングミックス2つめのP、価格についての11回めで、今回は参照価格について取り上げます。ここまでのブランディング(7)マーケティングミックス③についての内容は、以下のリンクからご覧ください。

 価格その1(価格の多様性)その2(価格検討3つのレベル)その3(プロダクトレベルでの検討)その4(先発企業の価格戦略①)その5(先発企業の価格戦略②)その6(先発企業の価格戦略③と後発企業の価格戦略)その7(経営の意志)その8(ライフサイクル①)その9(ライフサイクル②)その10(消費者の価格概念)


参照価格とは、消費者それぞれの心の中にある価格イメージのことです。消費者は、自らの参照価格に照らして、商品の値段を高いと捉えたり、安いと判断したりします。この参照価格には、内的参照価格と外的参照価格の2種類があります(価格その6)。


内的参照価格は、消費者の過去の購入経験などが蓄積され、記憶として残っている参照価格のことをいい、所謂、値頃感のことです。外的参照価格とは、メーカー希望小売価格、ネット小売含めた店頭での通常価格、チラシやカタログなどに書かれている価格のことをいいます。

商品価格の高い、安いの判断基準になる内的参照価格は、外的参照価格や実際に販売されている価格(実売価格)の影響を受けるため、固定的なものではなく、いつも揺らいでいる価格といえます。

ただ、この内的参照価格には価格の幅が存在していて、それは消費者ごと、また、プロダクトのカテゴリーごとなどで異なります。異なる理由は、各消費者の購入/利用経験がそれぞれ異なるからといえるでしょう。つまり、消費者は、ある程度正確な価格知識を持っているプロダクトのカテゴリーもあれば、そうでないカテゴリーもあって、それは消費者によってまちまちだということです。


内的参照価格は多義的です。学習院大学の元教授である上田隆穂氏は、内的参照価格を細分化し定義した斉藤嘉一氏の研究論文を、次のように紹介しています。内的参照価格は、「消費者の記憶内に保持されており、実売価格が関連付けて捉えられる何らかの価格」とし、多義性のもとになる価格に以下のものを挙げています。

公正価格: 消費者が過去の購買履歴、知覚品質及び売り手の費用を考慮して、公正であると考える価格

受容可能な最低価格: 消費者がこれ以下の価格では品質が劣ると考える価格

受容可能な最高価格: 消費者がこれ以上では高すぎると考える価格

最低市場価格: 消費者が市場で観察したことがあると考える最低の価格

最高市場価格: 同、最高の価格

平均市場価格: 消費者が市場で観察した価格に基づいて考える平均的な価格

通常の価格: 消費者が市場で最もよく観察すると考える価格

期待された将来価格: 消費者が将来売り手によって提示されるだろうと考える価格


内的参照価格の幅について、上田氏は著作の中で、3つの点を指摘しています。

参照価格の高い人ほど、広い価格受容領域を持っている。
購買頻度の高い人ほど、価格受容領域は狭い。
ブランドロイヤルな人ほど、広い受容領域を持っている。


①については、より高い価格帯に内的参照価格がある人ほど、その参照価格の幅は広く、価格には敏感ではないことを意味しています。

②は、購買頻度の高い人ほど、価格知識が豊富で且つ正確なものとなるため、内的参照価格の幅は狭くなることを表します。

③では、ブランドロイヤリティの高い人は、価格よりブランドに重きを置く傾向があるため、少々値段が高くてもそれを受容するためで、内的参照価格の幅は広いということでできるとしています。

(『マーケティング価格戦略』P130、P135-136 上田隆穂著 有斐閣 1999年)


それでは、このような特性を持つ内的参照価格を活かして、プロダクトの値上げを検討する場合、どういったことが適用できるでしょうか。


たとえば、高島屋の通信販売のハイランドクラブが、昨年に2年間の会費3000円を4000円に上げる価格変更を行ったケースで考えてみたいと思います。

値上げが当たり前となっている時勢ではありますが、既存顧客の会費が一気に1000円も上がるわけですから、取り扱う商品や会員特典などにより魅力的なものを付加しない限り、高島屋によほど高いロイヤリティを持つ人を除いて、多数の顧客は離反するのではないかと思います。実際、会費の支払い時期が来る顧客に対して、丁重な電話連絡をして、離反を食い止めようとしているようですが、それくらい手間をかけるのであれば、何故、一気に千円アップしたのか、どうしてはじめにもっと考えなかったのかと筆者は思います。また、新規顧客の場合なら、既存顧客ほどではないかもしれませんが、価格が1.5倍から2倍、さらには3倍以上も値上がりするような状況下で、あのクラブの内容に対して4000円を払って入会する人がどれくらいいるかは疑問です。

内的参照価格は、自身の過去の買物経験をとおした価格に影響されます。今回の値上げ幅をせめて500円くらいにしておいて、(1000円値上げする必要が本当にあるのであれば)しばらくしてからもう一度500円上げるというほうが、顧客の参照価格の上書きは500円ですみ、ロスしたような感覚は少なくて済むはずです。

続けて値上げするといっても、会員の期間は2年ですから、2年後にもう1回500円上げて4000円にすれば、その時の参照価格は3500円であるため、顧客の抵抗も和らぐはずです。もしどうしても1回で4000円にしなければならない理由があるのなら、参照価格を弱めるような要素を加えるべきでしょう。たとえば、魅力ある商品をもっと増やして変化を消費者に感じてもらうとか、クーポンの利用や期間限定で割引率を高めたり、無料のお試し品を開発するとか、組織が違ってもリアル店舗との連動企画を練るなど、いろいろできたはずです。

とはいえ、敢えて高島屋の側に立って考えるなら、コロナ禍以降の異様な原材料価格の高騰と小売価格の上昇に鑑みれば(たとえば精米など、消費者はおろか販売当事者や生産者にとっても説明つかないものが多数あることを考えれば)、はるかにましな方ではあるのですが・・・。


7/05/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その10

マーケティングミックス2つめのP、価格についての10回めで、今回は消費者の価格概念について取り上げます。

ブランディング(7)マーケティングミックス③ 価格その1(価格の多様性)その2(価格検討3つのレベル)その3(プロダクトレベルでの検討)その4(先発企業の価格戦略①)その5(先発企業の価格戦略②)その6(先発企業の価格戦略③と後発企業の価格戦略)その7(経営の意志)その8(ライフサイクル①)その9(ライフサイクル②)


消費者の価格概念には10以上のタイプがあります。なかでも、参照価格、心理的財布、価格階層理論(または価格帯理論)、留保価格、名声価格、プロスペクト理論、グーテンベルク仮説、端数価格については、しばしば取り上げられるため、以下に簡潔にまとめてみることにします。


参照価格: 消費者の心の中にある価格イメージのことで、内的参照価格と外的参照価格の2種類があり、前者は所謂、値頃価格または値頃感という言葉に置き換えることができます。なお、参照価格については、次回で詳しく述べることにします。

 

心理的財布: お金を支出をする時、消費者は自らが持つ幾つかの心理的な財布から行うという考え方。たとえば、日常の買物用財布、プチ贅沢用の財布、自己啓発用の財布(最近ではほぼ死語になりましたが・・・)、旅行用の財布等々、挙げればたくさん出てきます。ここで重要なことは、プロダクトを提供する側が、消費者のどの財布にアプローチしていくか、どの財布の支出として認知してもらうかということです。とりわけ、コモディティ関連のプロダクトについては、ワンランク上の財布、またはコモディティの中でもカテゴリーをより細分化することで、消費者に価格の値頃感やお得感を感じもらえるようにすることが重要なポイントになります。

 

価格階層理論: 上位のブランドをいつも買っている消費者は、中低位ブランドの価格が大幅に値下げされたとしても、それを購入することはないという考え方。同様に、下位ブランドを割り引くことで下位の更に下のブランドを買う消費者を獲得することは出来ても、中位ブランドの消費者の需要を奪うことはできないという意味にもなります。 

たとえれば、上位ブランドをナショナルブランド、中位をプライベートブランド、下位をノーブランドということができます。 

また、たとえば日常でA5ランクの神戸牛を買っている人は、ほかの値下げされた和牛のA5ランクを買うことはないともいえるでしょう。売上げを拡大したい企業は、その売上げをどういった消費者から、いくらくらい持ってこれるかを考えなければならず、単に大幅値下げをしても、売上げは思ったようには伸びないということになります。なおここでの価格は、品質に置き換えて考えることも可能です。

 

留保価格: 消費者の価格に関する受け入れ可能な範囲の幅のことをいい、この範囲を超えると、消費者は価格に敏感になるという考え方。範囲の幅の下限を下回ると、品質への不信感が生じ、上限を超えると支出増、予算オーバーとなり購入を見送ろうとする現象を捉えたものです。

 

名声価格: 高価格ゆえにより大きな需要を獲得できるという考え方で、高品質のプロダクトで用いられる価格戦略。宝飾雑貨や高級ファッションの分野に多く、他者に高価なものだと認めてもらうことが主な用途で、象徴価格とも言われています。

 

プロスペクト理論: 心理学のフレーミング理論が土台となって考えられたもので、価格の高低に関する消費者の反応の違いを表した理論です。参照価格に照らして、高価格で損をしたと感じるほうが、低価格で得をしたと感じるよりもインパクトが強いとされています。(参考: 問題解決力 (2)問題とアプローチを考える ③思考の罠vi)


グーテンベルグ仮説: 需要でmonopolistic interval(独占的範囲)と呼ばれるものを含んだ価格反応関数のことで、端的にいうと、プロダクトの売上げには価格の変化があまり影響しない範囲/価格帯があるという仮説が、グーテンベルグの仮説と呼ばれるものです。この仮説に従えば、価格が一定程度の範囲内で変動することを、消費者はさほど気にしない(または気づきにくい)ということになります。これは、プロダクト提供側からすれば、価格を少しくらい上げても需要がさほど変わらない範囲を把握することが非常に重要であるということになります。

独占的範囲を外れれば、需要は急に変化するわけですが、留保価格の受容可能範囲との違いは、 上田隆穂氏によると、その独占的範囲の外で、価格が低ければ売上げやマーケットシェアは突然伸びることになり、リピート購買など消費者が当該プロダクトの品質を熟知している時に生じるということです。


端数価格: 端数で価格を表示することで、消費者に割安感のイメージを与えようとする価格設定で、たとえば98円、498円などになります。、ふだんから私たちがいつも目にするものですが、これだけ至るところで目にしていると、今日、効果としてどこまで有効なものかは少々疑問です。


次回は、参照価格について詳説します。


7/01/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その9

前回(価格その8)は、プロダクトライフライクルの導入と成長のステージについて述べました

今回は、成熟と衰退のステージについてです。

成熟期: プロダクトライフサイクル上、市場規模は最も大きくなり、且つ大きな変化がなくなるこのステージでは、市場の成長が見込めない分、参入企業同士のパイの奪い合いが起こり、激しい競争が繰り広げられます。 

小売業によるPB商品も登場し、価格競争はピークに達するため、価格は通常、成熟期において最も低くなります。一般的なプロダクトの場合は、大半の時期をこの成熟ステージで費やすことになります。このステージでは、価格の自由度はかなり制限されることになりますが、生き残るための価格は効果的に設定しなければなりません。

消費者は似通ったプロダクトを比較できるようになり、価格感度は最も高まります。特に成熟後期では、価格に非常に敏感で他社プロダクトに価格次第で切り替える消費者と、価格はさほど重視しないブランドロイヤリティの高い消費者に大別できるようになります。割合は前者のほうが大きいため、価格競争がさらに激化することになります。 

このステージでは、参入企業は他社から売上げを奪うことでしか成長できないため、競争が価格の引き下げを誘発するばかりでなく、特に後期では弱小企業は市場からの撤退を余儀なくされるようになります。 

このステージでマーケットリーダーが存在する場合は、プライスリーダーとなります。プライスリーダーはコスト管理をはじめ、需要予測の精度改善、パッケージの簡素化、チャネルごとにプロダクトの多様化を推し進めるなどして、利益を確保、増大させていきます。小規模事業者は、成長期以上に、一段と細かい対応を、消費者に対して行う必要があります。

 

衰退期: 需要が下降傾向にあり、企業の生産と販売能力が過剰な状態にあるこのステージでは、消費者がプロダクトの購入/利用をやめ、企業の利益水準は低下し、退出する企業が増えていきます。 

私たちがふだん目にしやすい業界でいえば、百貨店や量販店(総合スーパー)などをすぐに思い浮かべる人がいることだと思います。現状のコストを低く抑え、新たな事業/プロダクトの開発原資を捻出することは必要ですが、現行コストで固定費の占める割合が大きければ、事業/プロダクトの差別化要素(たとえば対面販売や好立地、多数の品揃え、適正価格など)を大胆に見直すことができたとしても、自らの存在意義を失うことにもつながりかねず、市場の衰退による影響はかなり深刻なものがあります。 

 

メーカーでいえば、 LPレコードやカセットテープからCDに移行した音楽業界では、プロダクトからの撤退のみならず、姿を消したハードウェアメーカーも少なくなく、またレコードなどのソフトウェアも同様です。 

ただ、 このステージで消滅したプロダクトがある一方で、需要がいったん落ち込むものの、その後回復したタイヤ業界のような事例もあります。国内タイヤ業界は、1970年代の2回のオイルショック、80年代の世界同時不況、タイヤのラジアル化進行による需要減退、90年代のバブル崩壊など厳しい時期がありましたが、輸出の促進や、タイヤのサブスクリプション化をはじめとしたサービスビジネスの強化に加え、そもそも自動車産業の世界的な隆盛などから、一時的な低下で終わっています。 

衰退期におけるプロダクトの価格は、 下げ止まった状態から上昇することが珍しくありません。コレクターやマニアなど、そのプロダクトをどうしても欲しいという消費者が存在するためです。レコードの温かみのあるサウンドが好きという消費者は今でも多く、単なる懐古趣味ではなく、レコードのプレイヤーや針などの需要も一定数量あるのが事例のひとつに挙げられます。 

こういった業界では、競争も少なく、比較的小規模事業者でも、設備投資を極力せず、マーケティング費用もできる限り抑え、プロダクトのラインアップを縮小させて、キャッシュフローの最大化が図れるように価格を設定すれば、プロダクトを継続提供するための利益を創出することが可能となります。


次回以降は消費者心理について、初回は消費者の価格概念についてです。


6/20/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その8

今回は、価格をライフサイクルで考えます。ライフサイクルは、プロダクトとブランドで違いはあります。けれども、ブランドのライフサイクルマネジメントについて、プロフェッショナル、アカデミック両方のフィールドで公に認められた理論を筆者は知りませんので、ここではプロダクトのライフルサイクルで、価格を捉えることにしたいと思います。ちなみに、ブランドのライフサイクルがプロダクトのライフサイクルよりはるかに長いとされる理由は、たとえばソニーのウォークマンをみれば、分かりやすいのではないかと思います。

プロダクトという視点では、ウォークマンは1979年に発売された初代ウォークマンから2代目のウォークマンII、その後に続く薄型ウォークマンといったところになります。一方、ブランド視点では、左記のカセットタイプのウォークマンから始まり、CDやMDのウォークマン、ラジオウォークマン、DVDウォークマン、さらにはネットワークウォークマンなど、ウォークマンといっても時代の変化と共に様々なものがあり、これらは一括して、ウォークマンブランドと呼ぶことができます。このようにウォークマンをブランドで捉えれば、そのライフサイクルは半世紀近くにもなることがわかります。


プロダクト価格をライフサイクルの各ステージ(導入、成長、成熟、衰退)で捉えた場合、以下のような顕著な傾向があり、プロダクトライフサイクル理論の有効性が証明されています。


導入期: 買い手(消費者、または小売流通企業)は、新しいプロダクトに関する知識をまだ持ち合わせていないため、当該プロダクトに対する価格感度が低いのがふつうです。というのも、プロダクトが新しいために、競合他社の類似するプロダクトも少ないか、もしくはそもそも存在しないからです。このため、新しいプロダクトを提供する企業は、プロダクトの価値を、広告宣伝や販促などをとおして、買い手に伝えていく必要があります。この時に、需要を正しくおさえておくことができれば、価格は自由に設定することができるといえます。

 

成長期: 導入期を経て、買い手の認知度が高まり、市場規模が拡大していきます。他社の参入(単なる模倣品から新しい価値を付加したものまで)により、競争が激しくなるため、先発企業は後発企業の価格戦略に応じて、これまで述べてきた価格の打ち手を実行します(価格その4その5その6その7)。 

成長期では、価格は低下傾向にあり、またSNSなどでの口コミも広がるため、プロダクトを繰り返し購入する、または継続利用する消費者が増え、耐久消費財のようなカテゴリーでは商品の普及が進むことになります。 

大手企業であれば、プレミアムプライシング価格バンドリング理的プライシング(価格その5)などの手法を用いてプロダクトラインのバリエーションを広げたり、経時的ディスカウンティング(価格その4)でコストリーダーシップを強化していくことが多くなるといえるでしょう。特定の消費者セグメントなどに絞り込んだニッチの分野でプロダクトを提供する小規模事業者は、大手企業の干渉を回避するための差別化戦略を強める必要があります。 

 

成長期をうまく泳ぎ切り、次の成熟期で確実に生き残れるようにするために最も気をつけなければならないことは、強みを徹底的に活かしながら、且つ適度にバランスのとれた戦略を実行することです。 

独自性が大事だからといって、差別化戦略のみに注力したり、コストリーダーシップ戦略をとっているからといって、それだけすむことはまずありません。業界を横断した純粋な戦略というのは必要なく、あくまでも同業他社の戦略と比較して、独自性に強みがあるのか、コストリーダーがなしうる価格の安さなのかといったことを考えることが必要です。 

ふつうに考えれば(もしくは自分におきかえて考えれば)誰でもわかることですが、品質が良ければ価格は気にしないという消費者であっても、他と比べて常識をはるかに逸脱したような値段をつけたモノを購入する人は、まずいないでしょう(いたとしても、統計的にエラーの範囲に位置づけられるはずです)。同じように、安いからといって品質などどうでもいいとか、価格感度の最低セグメントに居る消費者がいつも必ず価格プレミアムを受け入れないということも少ないはずです。 

 

つまり、成長期ではその後に必ず来る成熟期に向けた準備をするためにも、独自性の確立に加え、コスト効率の良い方法を考え出さなくてはならないということです。そのためには、ひとつの市場セグメントだけでなく(市場の切り方、捉え方を工夫すれば、セグメントはひとつだけには終わらないはず)、複数のセグメントの需要に適合したプロダクトの特性と価格の組合せをバランスよくとることが非常に重要になります。 

成長期に参入する企業は、独自性が高いと消費者が考えるプロダクトをプレミアム価格で購入/利用しようとするような市場セグメントがあるか、または、規模の経済を追うことができるだけの価格感度が高い市場セグメントがあるかを自らに問うべきです。 

前者については、そういうセグメントが存在していれば、長期間のブランドロイヤリティを期待することができます。たとえば、新製品のハイスペックなiPhoneを買い続ける顧客とか、少し古くなりますがかつてのソニーのテレビとか、ハーレイダビットソンの大型バイクとか、悪路でも走破できるイメージを醸し出すジープなどが、筆者の頭には浮かびます。後者については、価格が安ければプロダクトを変更したり、購入したりする消費者がいる場合、浸透価格戦略を適用することができます。かつてのソフトバンクの携帯プランであったり、デルやコンパック(現ヒューレットパッカード)のPCなどが良い例といえるでしょう。

成熟と衰退のステージについては、長さの関係から次回にしたいと思います。




6/15/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その7

前回(価格その6)は先発企業のスキム価格と浸透価格、後発企業の4つの価格戦略(協調、適応、日和見、略奪)について価格その4価格その5では、テリスの理論をとおして先発企業の価格戦略について述べてきました。


ここまでいろいろと見てくると、価格については、先発であろうと後発であろうと、理論や研究では説明がつかないものが少なからずあり、検討の枠組みなどの精度の問題はあるにせよ、もっと本質的なことがそこにはあるように思います。

そこで筆者が考えるのは、市場でどういったポジションを獲りたいのかという経営の意志が、価格を決めるのではないかということです。


つまり、プロダクトの企画に基づいて、はじめに開発や設計を行い、次にコストが来て、最後に活動の結果として価格が形成されるというのではなく、はじめに市場で獲得したいポジションを明確にして、次にそれを実現させられる価格が決められ、その後にコストが算定されて、最後にプロダクトの開発や設計が行われるということです。優れた価格設定というのは、こういったながれにすべきですし、実際そのようになっていることが多いのだろうと思います。


端的にいえば、価格がコストを決定するのであって、コストが価格を決めるものではないということです。従って、コスト・プラス法のようなやり方では、市場の需要を満たすことはできないといえるでしょう。


じゃあなんでもかんでもやみくもにえいやーと価格を決めるのかというと、決してそうではありません。そもそも市場で狙いたいポジションにおける価格は、市場を丁寧に観察すれば、ふつうは自ずとそこでの価格帯・価格の幅が決まってくるでしょうし、その価格帯は必然として許容可能なコストの幅を、企業ごとに決めることができるはずだからです。


前回に触れた、後発企業のモスバーガーが市場リーダーのマグドナルドを上回る価格をつけて成功した事例や、我々がふだん目にする競争環境から推察できるように、価格競争については、価格帯の影響が大きく関係していることが考えられます。

プライシングで知られる経営コンサルティング会社のサイモン・クチャーアンドパートナーズを設立したハーマン・サイモンは、次のように述べています。

価格帯を横断する競争のほうが、同じ価格帯におけるものよりも、競争は緩やかである。

価格帯を横断する競争では、高品質のプロダクトを値下げして、低位にあるプロダクトの顧客を引きつけるほうが、低位のプロダクトを値下げして、高位のプロダクトの顧客を引き寄せるより容易である。


このように、競争環境下にあるプロダクトの、価格は、価格の幅、価格帯として捉えることが非常に重要であることがわかります。市場における自社と自社のプロダクトのポジションによって、つまり、プレイヤー間での競争の程度によっては、価格帯を変更することは効果的であり、同じ価格帯の競争相手からの影響を小さくすることができるということを意味しています。

次回は、ライフサイクルごとの価格についてです。


6/07/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その6

前回と前々回では、先発企業における価格検討の趣旨(差別化プライシング、競争的プライシング、製品ラインプライシング)と、消費者特性を組合せた価格戦略のオプションを見てきました(ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その4同価格その5)。今回は、まさに純粋な意味で最初に市場に参入する企業によくみられる2つの価格戦略について触れた後、後発企業の価格戦略について概説します。


革新的な新製品は、その登場自体が新市場の創出につながります。筆者がすぐに思い浮かべるのは、アップルのiPhone(ビジネスモデルとして捉えるべきかもしれませんが)、ネットスケープコミュニケーションズのネットスケープ・ナビゲーター(1994年にリリースされたウェブブラウザ)、ソニーのウォークマン、コダックのポラロイドカメラ、IBMのメインフレーム、日清食品のカップヌードルなどです。


革新的なプロダクトは、スキム価格(上澄み吸収価格、スキミング・プライシング)と、浸透価格(ペネトレーション・プライシング)という価格戦略を採ることができます。スキム価格とは、プロダクトの導入時点で高値をつけるやり方です。浸透価格とは、赤字を出さずに薄利多売を続け、自社の価格を業界標準的な価格にするプライシングのことです(価格その5)。

スキム価格については、競争相手がいない場合、高い利益を確保できることから魅力的なやり方に見えます。ですが、魅力的な市場ということは、他社の参入可能性も高まるため、高い利益を保持し続けることは難しくなります。その結果、プロダクトの成長後期になると、多数の参入企業が現れ、熾烈な価格競争となり、利益は急速に低下することになります。かつてのビデオデッキやCDコンポなどのAV機器などはその典型といえるでしょう。VHS/ベータのビデオからDVDプレイヤーへと技術革新が進む過程で、国内屈指ともいえるメーカーが消えていったことを思い出される方もいらっしゃるかと思います。

一方、浸透価格については初期段階では利益を得ることが難しいかもしれませんが、設定した価格が他社に対する参入障壁を築くことになるため、長期にわたり利益を獲得できる可能性が高まります。潜在的な市場規模が大きく、価格変動による需要への影響が大きい場合には、有効な価格戦略になります。たとえば、ユニクロのフリース、マグドナルドの100円バーガー、ソフトバンクの携帯料金プラン、比較的最近でいえば楽天モバイルなどが挙げられます。


ところで後発企業は、先発企業に対して、どういった価格戦略を用いることが有効なのでしょうか。学習院大学の元教授である上田隆穂氏は、トーマス・T・ネイゲル(米国シカゴ大学等の元教授)の4つの価格戦略(協調、適応、日和見、略奪)を紹介しています。


協調価格: 少数の大企業で構成される寡占的な市場でよくみられます。プライスリーダーが最初に価格を変え、他の企業が協調的に追随するというもので、高価格を安定的に生み出しやすいの特徴です。上田教授は、以前の鉄鋼業界やビール業界を代表例に挙げています。携帯電話料金もこの類いでしょう。

適応価格: 大企業が設定した価格を業界標準価格として、中小・零細企業がこれに倣うものです。大企業以外が価格を主導することはありません。但し各プレイヤーは、業界の需要量の変化を変化前と同じように分担することはせず、業界標準価格が変化する時に、生産量の調整などをして売上げの増大などを狙うのが特徴として挙げられます。

日和見価格: 市場シェアの増大を狙う競争的な価格戦略です。他企業が値上げした時は自社の値上げを遅らせたり値上げしなかったり、他社が値下げした時は直ちに追随するだけでなく、思い切った値下げを行ったりします。また、同価格で容量を増やしたり、おまけをつけたり、小売流通企業へのリベートを用いるなどして、競合が値下げで追いつけないようにすることもあります。競争相手よりもコスト構造が低かったり、未稼働の生産設備を持っていたりする企業が用いるやり方です。

略奪価格: 日和見価格よりもさらに競争的です。財務上、強い大規模企業が用いる手法で、破壊的な低価格を伴うことがあります。たとえば、小規模企業が価格を乱して値下げをした場合に、到底真似できないような価格まで大手が値を下げることで、小規模企業に業界価格を順守させようとするやり方です。

 

協調価格が最も競争が緩く、略奪価格が最も激しいこれら4つの価格戦略のうち、協調、適応、日和見の各戦略は、市場のフォロワーが採用し、略奪価格についてはリーダーかチャレンジャーがとる戦略とされています。なお、上田氏は、後発企業のモスバーガーが高品質な材料と出来たて感という価値を付加することで、市場リーダーのマグドナルドを上回る価格をつけて成功したことを引き合いに出し、マーケティングミックスと差別化の重要性を説いています。価格はあくまでも提供するプロダクトとの整合性の上に成り立つものと理解しておけば、上記4つの価格戦略を適用しなくてもよい状況を作り出せることになります。

つまり、先発企業のプロダクトよりも、後発企業のプロダクトの品質の方が大きく上回っていれば、たとえ後発企業であったとしても、高い価格で先発企業に対抗できることが可能ということになります。


ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その23

新商品についてのプライシングのすすめ方は、次のとおりです。 1. 新商品の位置付けの明確化 2. 新商品のベネフィットの評価 3. 新 商品の価格帯の決定 4. 市場規模の予測 5. 新商品の価格提示と価格帯の調整 前回(価格その22) は、上記1の「 新商品の位置付けの明確化」...