6/21/2024

SMM (4)サービス企業の論点 ③サービスデリバリのギャップ

前回のSMMブログでは、サービス企業における5つの大論点の二つめ「サービスコンセプトは明快か?」について述べました。今回は、三つめのサービスデリバリについて、考えていきたいと思います。


サービスデリバリのギャップは何か?

サービスデリバリとは、顧客が実際に経験する一連のサービス活動のことを表します(SMM(2)サービスの構成要素 ②4つの要素)。

サービスデリバリを行うためには、人、技術と道具(ITを含む)、プロセス、そして顧客が必要であり、これをサービスデリバリ・システム(サービスをデリバリするための仕組み)と呼び、 サービスを生産する仕組みといってよいでしょう。

このサービスデリバリ・システムが、所定のサービス環境の下、モノプロダクトを使いながら(使用しない場合もあります)、サービスプロダクトを提供します。たとえば、レストランであれば、お店がサービス環境で、メニューがモノプロダクト、料理がサービスプロダクトです。そしてサービスデリバリが行われます。レストランにおけるサービスデリバリ・システムは、次のようになります。人は調理人と給仕、技術と道具は調理技術と器具・厨房やレシピ、プロセスはサービスのフロー特に調理と給仕の手順、顧客は食事をする人たちとなります。  

最近は、このサービスデリバリの誤りによる問題が多発しているように思います。たとえば 飲食関係でいえば、(あっては困るのですが)食中毒、特にO157によるもので、これなどは、決められたルールや手順などを守っていれば、防げる事案です。 

このようなサービス提供の前提を欠いている事案も一応含めて考えると、サービスデリバリにギャップが発生する理由には、次のようなものが挙げられるでしょう。

市場と顧客

  • 不明確な企業/事業戦略 
  • 曖昧な市場の定義、選択した市場の間違い 
  • 競合に対する認識の誤りや不足(競争相手に対する過剰な意識、競争相手を見誤るほか) 
  • 新規市場の開拓間違い(誤った市場を新規に開拓する)
  • ターゲット顧客の選定ミス、役割を果たさない顧客、いびつな顧客ポートフォリオ

プロダクトとサービス環境

  • 品質の保証と標準化 
  • プロダクトを提供するまでの準備の不足  
  • モノプロダクトの不備や不足
  • 新規プロダクトの多さ(継続的な改良の欠如、競合に追随、無料提供、クロスセリングやアップセリングの不在など)
  • 不適切なプライシング、財務的なシミュレーションの欠如  
  • プロダクトとサービス環境の不整合、プロダクトとサービススケープのバランスの悪さ(ラブロックは、サービススケープを物理的環境のデザインによって人の五感が受ける印象と定義しています)

プロセスと仕組み

  • 曖昧な目標設定 

  • 貧弱なサービスデザイン、属人的な業務プロセス
  • 品質向上に対する意識の希薄、品質向上プロセスの欠如
  • 知識・技術の蓄積や移転の不足、ツールの欠如(デジタルを含む)、知識と行動の乖離
  • 多数ある煩雑な非付加価値業務
  • コンティンジェンシープランの未整備 

組織と人

  • 経営トップの鶴の一声
  • トップ・ミドル・現場の非協力な関係、インターナルコミュニケーションの欠如や不足、低い納得性・モチベーション、グループシンク
  • 組織間の対立(現場と経営、フロントとバックオフィスほか)
  • 不明瞭な役割とタスク(権限と責任を含む)
  • 人の採用と育成に関する様々な問題
  • 人の評価と報酬における問題(実行と評価がリンクしていない、やってもやらなくても変わらない、ほか)
  • 需要と供給の不整合(需要のピークと底、顧客の組合せ等)
  • サービス仲介者との協力関係(流通チャネルのコンフリクト、選択したチャネルの間違い、ほか) 

 

市場と顧客、プロダクトとサービス環境、プロセスと仕組み、組織と人の4つの分野で、最も多くギャップが発生するのは、一般的にいえば、組織と人になるでしょう。ですが、そのギャップ発生の根本原因が何処にあるかというと、必ずしも組織と人ではなく、プロセスと仕組みにあったりプロダクトとサービス環境であることが少なくありません。また、更にいえば、そもそものところの出発点である市場と顧客で、誤った選択をしてしまい、それを最後まで引きずるということも考えられます。

いずれにせよ、サービスデリバリには様々な問題やリスクが内在しています。サービスの生産を主に人手に頼っているサービス企業では、サービスデリバリが最も重要な要素になるといって差し支えないでしょう。このサービスデリバリとサービスマネジメントシステムについては、別途、SMMブログで詳細に考えていくことにしたいと思います。


6/15/2024

SMM (4)サービス企業の論点 ②明快なサービスコンセプト

前回のSMMブログでは、サービス企業における5つの大論点を挙げ、ひとつめの「顧客の期待を理解しているか?」について述べました。今回は、ふたつめのサービスコンセプトについてです。


サービスコンセプトは明快か?

モノ商品でいえば、食品はおいしさ、化粧品は美しさ、医薬品は病気からの回復などと捉えられるように、商品(或いは製品)はニーズを満たす手段です。コンセプトは、通常、考え方や概念と訳されます。これからコンセプトはニーズから捉えた商品の考え方と定義づけることができます。なお、コンセプトは突き詰めていえば、顧客のベネフィットを表したものといえるでしょう。コンセプトは、マーケティングの出発点です。コンセプトが形成された後に、それを具体化していく諸活動が行われていきます。

 

ものづくり企業では、商品コンセプトの重要性は誰もが理解していることですが、サービス企業の場合は、必ずしもそうとは言えないのが実情ではないでしょうか。ですが、無形性、同時性、異質性、消滅性、顧客との共同生産といったサービスの特性(SMM(3)サービスの特性①同サービスの特性②)に鑑みれば、サービス企業こそ、コンセプトをもっと重視し、周知徹底すべきであるのは明らかです。 

サービスは、提供完了時点のかたちが明確でないものが多く、どこに重点をおいて仕上げればよいのかわかりづらいことが多数あります。加えて、サービスに対する顧客のニーズは、モノ以上に、多種多様な感があるということも、コンセプトをもっと重視しなければならない理由になるといえます。  

したがってサービスコンセプトは顧客ニーズの観点から定義されるべきであり、且つ誰もが理解しやすい明快なものでなければならないということになります。 ここでいう誰もが理解しやすい明快なものというのは、潜在顧客含めたあらゆる顧客に対してばかりでなく、自社の従業員や経営層に対しても重要です。 

何故ならば、サービスコンセプトに基づいたサービスを提供する段階、つまりサービスデリバリにおいては、自社の従業員の多くが関係してくるからです。モノづくりの場合であれば、工場で働く従業員が顧客と直接接することは通常、殆どないといって差し支えないはずです。一方で、サービス業の場合は、現場のスタッフ一人ひとりが、様々なニーズを持つ顧客と関わって、サービスを完了させることに能力や時間を費やすため、彼ら彼女たちがサービスの一部とみなされることが多いといえるでしょう

さらに、前回の論点である顧客期待のところでも述べましたが、サービスには変動幅が存在します。というのも、サービス品質はサービス提供者によって差が生じるからです。そういった差を少しでも最小限にとどめるためには、サービスの核となるコンセプトを明快にすることが、能力や行動、態度などが様々な従業員たちのサービスに対する解釈を、サービス企業の企図した方向に持っていく素地を整えることにつながります。

 

サービスコンセプトには、誰に対して、何を、誰が、どのように提供するのか、何故そうしなければいけないのかといったこと、つまり顧客提供価値/Value Proposition明快に記述しておく必要があります。そのためには、対象の焦点をハッキリとさせるのは勿論ですが、対象自体を絞り込むことも重要です。この焦点を絞り込むことや、サービスコンセプトの構成要素や要件などについては、別途、SMMブログで詳細に考えていきたいと思います。 

ところで、アメリカ・マーケティング協会の定義に従えば、マーケティングとは「顧客に向けて価値を創造、伝達、提供し、組織及び組織を取り巻くステークホルダーに有益となるよう顧客との関係性をマネジメントする組織の機能及び一連のプロセス」です。 

このため、マーケティング担当者の仕事は、顧客のニーズを明らかにし、商品の特性ではなく、ベネフィットを売ることだと言われてきました。時折使われる例えには、顧客はドリルを買うのではなく穴を開けたいんだとか、清涼飲料を売るのではなく顧客が飲んだ時の爽快感を満たすものを提供する、といったようなものがあります。(ベネフィットについては、SMM以外のブログでこれまで何回か述べてきました。たとえば、ブランディング (3)セグメンテーション ②消費者市場R&Dと組織横断型活動 (1)はじめに③)。 


サービスにおけるベネフィットは、通常、コアサービスをとおして、顧客が得られるものとされています。補完的サービスについては、それがどれほど素晴らしいものであったとしても、コアサービスの属性の何かひとつでも充たされなければ、顧客はサービス全体をとおして、不満を感じることが多くなると考えられています(SMM(2)サービスの構成要素 ①コアサービスと補完的サービス)。 

一方で、顧客がコアサービスに納得していたとしても、顧客はそれを当たり前のことと思うかもしれません。たとえば、ホテルの場合であれば、コアサービスはAホテルでも、Bホテルでも、その顧客にとっては同じようなものとして感じられるかもしれないからです。実際、同じグレードのホテルであれば、そうなるのが普通かもしれません。 

しかし補完的サービスであれば、AとBの違いを感じることが少なくありません。特に、ホテルで人を介して行われる補完的サービスでは、ホスピタリティが異なることが多いといえるでしょう。 つまり、

顧客が十分なベネフィットを感じられるようにするためには、まずは、コアサービスについては全ての属性で一定水準は必ず満たすようする。 

その上で、補完的サービスで、自社の強みを徹底して伸ばすようにしていく。 

このことによって、サービス企業は顧客に対して、競合他社との違いをはっきりと見せることができ、 

補完的サービスによる差別化をとおして、当該サービス企業は競争優位を実現させていくことができるようになるといえます。

従って、サービス企業のマーケティング担当者は、コアサービスをあらためて確認し、補完的サービスはコアサービスのどういった面を補って、サービス全体を強化するのかということを明確にすることが重要です。 そして、顧客がどういったサービスベネフィットを期待しているのか、それを顧客は得ることができたのかを検証しなければなりません。

次回は、「サービスデリバリのギャップは何か?」についてです。


6/08/2024

SMM (4)サービス企業の論点 ①5つの大論点と顧客期待の理解

サービス企業は、サービスの品質を、企業活動の中心に据えるべきでしょう。顧客は、サービスが提供される活動をとおして、サービスの品質を知覚します。顧客のなかには、受け取るサービスの全てに最高を求める人も少なくありません。ですが、サービス企業にとって、提供するサービス全てを最高品質のものにすることは現実的ではありません。自社のパーパスや戦略に従い、コストとのバランスを考慮しながら、何を重視するのかしないのかを決めねばならず、このためには、誰のどういった要望を対象にしているのかを、明白にしておくことが必要です。

サービスは、サービスカテゴリー(SMM(1)サービスの種類と特性 ①サービスの定義と4つのカテゴリー同②有形の行為同③無形の行為)によって程度の差こそあれ、無形性、同時性、消滅性、異質性、顧客との共同生産といった大きな特性を備えています(SMM(3)サービスの特性①同サービスの特性②)。そこでは、モノ消費に見られるようなたとえば購入前の広告宣伝に大きな効果を期待することは難しく、あくまでもそれぞれの顧客が品質をどう知覚するかによって、満足度やリピート需要が大きく変わってきます。

顧客の受け取るサービスが低品質であれば、顧客は不満を抱き、離反して他社のサービスを利用する可能性が高まります。このような競争上不利になることを未然に防ぐには、企図したサービス品質の維持と向上が不可欠であり、オペレーション部門や人事部門を含めた組織横断型の活動を推進させなければなりません。

サービス品質は、サービス活動全体をとおして醸成されるものであり、また、品質の良し悪しは、サービス活動全体の結果といえます。そのサービス活動全体を俯瞰できる業務を担う組織が、マーケティング部門です。顧客のサービスに対する購買/利用行動を見て、顧客の期待に思いを馳せながら、新たなサービスコンセプトを策定し、サービスの現場と擦り合わせる。マーケティングミックスを練りながら、顧客へアプローチしていく。サービスを利用した顧客の満足度を分析し、関係各部署へフィードバックしていく。こういったサービス全般に関係する組織がマーケティングにほかなりません。

サービスコンセプトを策定する時は、STP(市場をセグメントし、ターゲティングして、ポジショニングしていくこと)の検討が必要であり、マーケティング部門の重要なタスクです。企業が提供するサービス品質について、ターゲット顧客がどのように知覚しているのかは絶えず考察すべきであり、それを多角的に検討できる組織は、各組織との接点を多く持つマーケティングしかありません。

上述を踏まえ、SMM(サービスマーケティング&マネジメント)視点で、筆者が現在考えるサービス企業の大きな論点には、次の5つを挙げたいと思います。

  • 顧客の期待を理解しているか?
  • サービスコンセプトは明快か?
  • サービスデリバリのギャップは何か?
  • コミュニケーションを組織的に行っているか?
  • 組織文化は競争優位の源泉になっているか?



顧客の期待を理解しているか?

顧客は、受け取るサービスの品質について期待を抱きます。事前の期待と実際にサービスを受け取った後のものを比べて、サービス品質を評価します。一般的にいって、期待どおり、または期待以上であれば、高品質なサービスを受けたと感じます。 

顧客の期待を把握するためには、的確なマーケティングリサーチが必要です。仮説は何か、何をリサーチで得たいのか。リサーチの対象と回数は適切か。また、その内容はサービス品質に焦点を当てたものかなどは必ずおさえておかなければなりません。そのためには、顧客の期待に基づく(或いは、期待に応えられる)サービス品質の基準が設定されていることが重要です。たとえば、リーズナブルなビジネスホテルと、高額なシティホテルでは、当然のことながら、個人であろうと、法人であろうと、期待する内容はサービス対象毎に大きく異なり、それぞれに合った見方や基準などが、顧客のなかに存在すると考えるのが普通です。 

顧客の期待について考える時、ヴァラリー・ザイスハムルほかが考案したサービスビジネスにおける顧客期待の性質と決定要因モデルを活用、または参考にするのが、良いだろうと思います。ザイスハムルによると、サービスに対する顧客の期待には、

①望ましいサービスレベル

②備えておくべきサービスレベル

③サービスレベルの許容範囲

④予想するサービスレベル 

の4つがあると説いています。①は顧客が望む理想的なサービスレベル、②は顧客がこれだけは備えておいて欲しいと考えるサービスレベル、③は①と②の間に収まるもので顧客が許容できる範囲のサービスレベル、④は顧客がサービス企業に期待する現実的なサービスレベルのことをいい、この顧客が予想するサービスレベルによって、②の備えておくべきサービスのレベルが決まると述べています。 

たとえば、レストランで料理を注文する場合、昼時時の特に混雑している時間帯であれば、注文する料理をすぐに聞きに来なかったり、注文しても料理が素早く出てこなかったとしても、それほど不満を言うお客はいないでしょう。ところが、ランチタイムを過ぎて店内にはお客がまばらであるにも関わらず、店員がすぐに対応しなければイラつく人は少なからずいるはずです。

このように、顧客が予想するサービスのレベルによって、備えておくべきサービスレベルは変わってくるということになります。サービスに対する期待が高い場合は備えておくべきレベルは高くなり、期待が低い場合は備えておくべきレベルも低くなります。

③のサービスレベルの許容範囲については、多くの場合、サービスのパフォーマンスや品質はサービスを提供する人によって差があり、変動の幅が存在するのがふつうです。これを前提として、サービス企業はその変動幅が、顧客の許容範囲内にあるか絶えず問われていることになります。顧客が受け取るサービスの良否を気にせずにすむ範囲が、サービスレベルの許容範囲です。 

このことから、サービス企業は、顧客の許容範囲を理解することが非常に重要になります。また、顧客は自身の経験値が増えるほど、望ましいと考えるサービスレベルの値が上昇する傾向が明らかになっています。 

このように考えていくと、全てをより良いものにしようとするのは、心構えは素晴らしいのでしょうが、現実的には不可能なことと捉えたほうがよいでしょう。下手にやることを決めて、それを行ってしまうことが、そもそも間違いだと考えるべきです。つまり、何をやらないかを決めることが非常に重要だということになります。

やらないことを決めるためには、サービスの構成要素であるサービスプロダクト(コアサービスと補完的サービス)モノプロダクトサービスデリバリービス環境のそれぞれについて慎重に考えなければなりません(SMM(2)サービスの構成要素 ①コアサービスと補完的サービスSMM (2)サービスの構成要素 ②4つの要素)。たとえ、競合他社が提供していようとも、自社は提供しないそういった捨てる決断を経営者が行うことから、顧客の期待を的確に理解できる第一歩が始まるといえるのではないでしょうか。 

誰もが推察できるように、顧客の期待は、様々な要素に影響を受けます。それらの要素は、サービス企業がコントロールできるものもあれば、できないもの或いはコントロールしにくいものがあります。 

前者には、顧客に約束しているサービスが該当します。約束しているものは、明示的である場合と、明示されるものから派生するなどして暗黙のうちにしている約束などが含まれます。後者には、顧客の過去の経験や、顧客のニーズ、特に今この瞬間に顧客が必要としていることに加え、顧客が予想するサービスレベルなどが含まれます。 

顧客との対話をとおして、顧客の期待を理解し、コントロールしていくことが必要であることはいうまでもありませんが、従業員同士のコミュニケーションや、スタッフと経営層、時には顧客と経営層のダイレクトコミュニケーションも重要なものとなるでしょう。外部メディア、特に口コミについても、顧客が望ましいと考えるサービスレベルや、顧客が予想するサービスレベルに影響を与えることを考えれば、SMM(サービスマーケティングマネジメント)における統合的なマーケティングコミュニケーションのあり方が、決定的に重要となります。このコミュニケーションについては、4つめの論点である「コミュニケーションを組織的に行っているか?」で触れたいと思います。

長くなってしまいました。次回は「サービスコンセプトは明快か?」について、述べたいと思います。

 

6/01/2024

ブランディング (4)ターゲティング ③3つのアプローチ

フィリップコトラーは、各セグメントを分析・評価して、自社が対象にするターゲット市場の設定には、3つのアプローチがあると述べています。全てのセグメントを対象にするのか、複数か、ひとつだけなのか、市場とプロダクトの特性や企業の経営資源などによって、選択するアプローチは異なります。


無差別型マーケティング

無差別型マーケティング(Undifferntiated marketing)とは、市場が多様なセグメントで成立しているという認識を捨てて、市場全体を単一なものとして取り扱うアプローチのことをいいます。つまり、自社の標準的なプロダクト(製品、サービス)を、全ての顧客に提供するというやり方です。

これは消費者ニーズの違いに着目するのではなく、共通しているものを考えるアプローチであり、マイケルポーターのいうコストリーダーシップ戦略が該当するというか、それに端を発しているのだろうと思います。大量流通、大量広告などをとおして、自社プロダクトがいかに優れているかを、あらゆる消費者に訴えかけていくもので、所謂マス・マーケティングの時代のものといえるでしょう。この無差別型マーケティングは、時代の変化と共に、市場の多様性が明らかになるにしたがい、徐々に疑問が呈されるようになりました。 

ひとつのオファーで市場全体をカバレッジするやり方では、今日、難しいと思えるでしょうが、それでも完全にコモディティ化しているような製品(特にB2B市場)や、太古の昔から人間が生きていくうえで欠かすことのできないような青果物(特に一般的な野菜や果物)、また、インフラを担うプロダクトたとえば普通の電力やガス、水道といったものには、このアプローチが通用するでしょう。また、新しいテクノロジーの台頭により、できる限り市場を広くカバレッジしようとする場合、特に消費者市場に対しては、今でもこのやり方でそこそこいけると思われます。

 

差別化型マーケティング

差別化型マーケティング(Differentiated marketing)は、ターゲットとして選択した各市場セグメントに対して、それぞれ異なるプロダクトを提供するアプローチを採用します。市場の多様化に合わせてプロダクトも多様化させていくこのやり方は、企業の売上を拡大させることに直結します。 また、ライフサイクルの成熟期にあるようなプロダクトは、この差別化型マーケティングのやり方が効果的です。

その一方で、差別化型マーケティングは、製品ラインを広げることで、プロダクトとマーケティングのコスト増大リソースの分散などを招きます。高コスト構造と、非効率になりかねない組織の運営やリソースの活用は、経営に決して小さくない影響を与えます。加えて、各製品ラインの多様化は、顧客から見て、よくわからないブランドの発生を招くなどして、顧客が混乱する可能性があり、挙句の果てに顧客の離反を招きかねません。

優れたコーポレートブランドイメージを持つ企業の下で、ブランド同士のカンニバリゼーションや、相互に矛盾し合う(たとえば高品質と低価格など)ブランドが似たようなイメージで存在するといったことが発生するリスクを内包します。 

2000年代半ばに、資生堂が200を超えるブランドを1/3近くに減らし、一見うまくいったように見えたブランド再編が、その後、基幹ブランドのひとつを、同じ要件(仕様やパッケージデザインなど)で、流通チャネルを横断して展開させたことにより、消費者の見方が大きく混乱したという例があります。このケースにおいては、当時の資生堂はマーケティングのセオリーに反したといえますが、そもそものところで、コスト削減や経営効率の向上を重視しすぎたために、消費者の気持ちや消費行動を見落としていた、或いは軽視しすぎたといえるでしょう。

しかしながら企業の体力やリソース力次第では、 市場を制圧するほどの方法にもなるため、今日でいえば、たとえばトヨタ自動車のような巨大企業には、魅力的なアプローチとなります。

 

集中型マーケティング

経営資源が限定されている中小規模の企業や、企業規模は大きくてもこれまでとはまったく異なるプロダクトのカテゴリーに参入する場合などは、潜在的なセグメントを含めて全ての市場に攻め込むことはとてもできるものではありません。こういった場合には、ひとつまたはごく少数のセグメントに絞って、大きなシェアを獲得しようとする集中型マーケティングは魅力的なアプローチです。  また、インターネットビジネスにおいては、小規模な新興企業にとって、非常に有効な方法にもなっています。

集中型マーケティング(Concentrated marketing)、またはニッチマーケティングは、対象セグメントの顧客について、明快ではっきりとした深い知見が必要となります。気をつけなければならないことは、市場セグメントは時間の経過と共に変化していくため、いつまでもそのセグメントの魅力が自社にとって高いとは限らないということです。 

実際、学習し成長していく顧客が、このセグメントには特に多数存在するため、生産や流通を限定することで経営面での経済性を獲得してきたことが、当該セグメントの変化と共に、逆に制約になりうる可能性は否定できません。ましてや、当該セグメントが成長し、大手企業にとっても魅力ある市場として映れば、参入してくるかもしれません。従って、集中型マーケティングを採用する企業は、自らの成長と共に、リソースを分散させていき、更なるニッチ市場を開拓したり、ターゲットセグメントの数を増やしてプロダクトの幅を広げて、事業を分散させる必要性が高まります。


どのアプローチを用いるかは、市場の多様性、企業の経営資源、プロダクトのカテゴリーとアイテム数の多さ、プロダクトのライフサイクルによって異なります。上述のとおり、無差別型マーケティングは各消費者の嗜好や欲求が似通っている時に適用しやすくなります。

一方、集中型マーケティングは、市場セグメンテーションが明確な状態、つまり消費者ニーズなどが分散している市場で、且つ経営資源が豊富な大企業による独占状態ではない場合に、効果的なアプローチとなります。近年の楽天による通信ビジネスへの参入は、NTTドコモ、au、ソフトバンクの3社による事実上の無差別型マーケティングが行われている環境下において、差別化型もしくは集中型のマーケティングを行わない限り、マーケティングセオリー的には勝機がなく、ほぼ自殺的な行為といえるのではないでしょうか。

ここまで見てきたように、市場をセグメントし、ターゲットを選定する活動は、マーケティング戦略の策定において極めて重要なステップです。狙うべきターゲットセグメントが決まれば、次は自社のプロダクトを選んでもらうためには、何をすべきかというステップへと進みます。


ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その4

マーケティングミックス2つめのP、Price/価格についての4回め、今回は先発企業の価格戦略についてです( ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その1 、 その2 、 その3 )。 最初に市場に参入する企業(先発企業)は、プロダクトの価格をほぼ自由に設定することが...