12/15/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス④ プレイスその5

前回(プレイスその4)の続きで、今回もチャネルを中心とした産業構造のレイヤー化についてです。はじめに、あらためてレイヤー構造化の定義をしておきたいと思います。

レイヤーとは、層や階層を表す言葉です。ビジネスにおけるレイヤー構造とは、ビジネスの要素であるデータや情報、プロダクト(製品、サービス)が層の如く重なり合うようにしてできあがっている状態のこと、また、それぞれを連携させる仕組みやシステムのことを指しています。端的な例が、スマートフォンやタブレット端末、パソコンです。


通常、産業におけるレイヤー構造化の意味合いは、産業を構成する各プロダクト(製品、サービス)が独立してビジネスを成立させることができるということです。

消費者を対象にしたビジネスでは、消費者がプロダクトを、直接、自由に組み合わせて選択し、購入することができるという点に大きな特徴があります。


産業構造を分析するフレームワークとして有名なバリューチェーン(従来型の単層的なバリューチェーン)とレイヤー構造化されたチェーンを、消費者視点で比較すれば、次のような違いがあります。

単層的なバリューチェーンの場合、消費者はバリューチェーンの最後に位置する企業からプロダクトを購入(または利用)します。一般的にいえば、食品であればスーパーやGMS、CVS、または百貨店などから、アパレルであれば左記にあるようなチャネルに加え、専門店などで買うことも多いでしょう。家電製品であれば家電量販店からというのが多くなるでしょう。車は自動車のディーラーからといった具合です。

消費者は、バリューチェーンの最終段階にある販売または営業、つまり店舗(リアル、ネット)以外、たとえば開発や製造、或いは物流といったチェーンの途中の段階から、購入することは通常できません。消費者にとってのチャネルは、最終段階にある販売(営業)チャネルしかありません。


一方、レイヤー構造化されたチェーンであれば、消費者はチェーンの途中段階にあるプロダクト、謂わば中間製品とでも呼べるものを直接選択して購入することが可能です。販売(営業)チャネルは、チェーンの最終段階だけでなく、中間の段階にも存在しています。

スマホ、タブレット、PCなどが代表例になりますが、ゲーム、音楽、映像、書籍や雑誌の記事、印刷物、自動車、電力なども該当します。レイヤーの構造は、ハードウェア、OS、アプリケーション、通信ネットワーク、IoTデバイス、データ蓄積などになります。各レイヤーが束ねられたレイヤー構造とは、消費者に対する選択肢、或いは消費者にとってのソリューションを提供する階層で構成されていると捉えることができます。

ところで余談になりますが、レイヤー構造化が良いか悪いかというのは、また別の話です。筆者からすれば、たとえば音楽に見られるような製作者の意図や主張とは別に、アルバムの楽曲を切り売りしている状態などはちょっと肯定できるものではありません。また、筆者の家族などは、モノやサービスが横や縦に広がって、からめとられているだけで、そこには一見自由があるようで、むしろなくなってしまっているようだと言っています。


産業のレイヤー構造化、プラットフォームビジネスでよく使われる言葉に、「エコシステム」というのがあります。プラットフォームを提供するプロダクトと、それを補完するプロダクトを合わせたものをエコシステムと呼びます。

チャネルを基点に考えると、オムニチャネル(Omunichannel)もエコシステムです。オムニ(Omuni)とは、「全て」とか「あまねく」といった意味をもつ接頭語です。マーケティングでは、オムニチャネルのことを、リアル、ネット問わず、全てのチャネルをつないで、利用者にとっての境界をなくしてしまう統合型チャネルのことをいいます。ここでは、支払いや配送・荷物の受取りなどのバックオフィスも含まれます。

利用者に一貫して最適な購買体験や顧客体験を提供するといわれているオムニチャネルは、各チャネルが独立して機能を果たし、統合や一元化がされていないマルチチャネルの進化系といわれてきました。

けれども、ネットで注文した商品をリアルの店舗で受け取ったり、或いは支払いを済ませたり、ネット上で取得したクーポンをリアル店舗で使うとかいったくらいでは、リアルとネット、または異なる業態間で、顧客がストレスを感じることなく、自由に行き来できる、そのようなことくらいで本当のオムニチャネルといえるのか、筆者には疑問です。また、もしそれで小売業が納得しているのであれば、随分と情けない話のように思います。これではエコシステムとか、ましてや産業のレイヤー構造化などというには、ほど遠いでしょう。


スマホで実現されている端末、OS、アプリなどの関係とまではいいませんが、顧客の問題解決(本当に顧客の問題を解決しているかどうかはともかくとして)をとおして、消費者との接点を担う小売業は、自らの富の源泉を生み出す、或いは富を移動させたり蓄積させるといった発想を持ったり、構想を組み立てていくことが重要です。

つまり、何処に利益が蓄積されやすいか、儲かるかといった視点で、事業を見直すことが必要です。強大で独創的なメーカーと異なり、小売業はあくまでもメーカーあってこそというのは否定できません。であれば、マーチャンダイジングやサービスなどを編集するようなコーディネーターとしての役割を、もっともっと追求していくことができるはずです。


コトラーは、「顧客サービスプロセスから協働による顧客ケア」へと説いています。ネットで接続された世界において、国内の小売業が、Amazonや楽天以上に、通常の品揃えの幅や利便性はじめ、今日の変わりゆく多くの消費者の購買行動を満たすことなど、できるはずもないでしょう。

そうであれば、従来のリアル店舗とECサイトに、顧客の生活全般、ヘルスとウェルネス、金融、エンターテインメントなどの場を、もっと大胆に取り込んで、もう少し、人々の暮らしを総合的な観点から、CX(Customer Experience、顧客体験)について考えてもらいたいと思います。レイヤーを細かく重ねていくことで、新しいソリューションを生み出せるのではないでしょうか。それは(当然のことながら)内製化させる必要はなく、何を外部に委託するかを判断すればよいだけのことです。

とりわけ衰退が続いている百貨店などは、さして各社固有の商品があるわけでもありません。モノを集積した販売だけで終わることなく、様々な垣根を超え、CXをとおして、CS(Customer Satisfaction、顧客満足)を高めることに最大限注力すること、まずは少なくともそれをしっかり自分の頭で考えてみることから、本当のオムニチャネルやレイヤー構造化の端緒につけるのではないかと思います。


12/08/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス④ プレイスその4

前回(プレイスその3)は、コトラーのチャネルパートナーシップの4つの段階を中心に概説し、産業構造のレイヤー化にも少し触れました。本ブログのマーケティングミックスのプレイスについては、チャネルに絞って述べてきていますので、プレイスその4でもチャネルに限定して、産業構造のレイヤー化についてもう少し述べることにしたいと思います。


スマートフォンの普及と共に、一気に広まった感のある産業のレイヤー構造化は、産業を構成する各プロダクト(製品、サービス)が独立してビジネスを成立させることができる点に大きな特徴があります。

スマートフォンには、OS(オペレーティングシステム)があって、それを動かす端末(ハード)を提供する企業がいて、様々なアプリを提供する企業が存在し、そして通信事業者(キャリア)がいます。アプリひとつとっても、その企画や開発、運用を請け負う企業が多数存在し、大手から分野に特化したり、AIなどの最新技術を活用する中小、新興企業などがまさに星の数ほどあるといっても過言ではありません。

スマートフォンでは、消費者は、たとえば端末はiPhoneで、ニュースや情報、SNSなどのコミュニケーション、エンタメ、ゲーム、趣味関連など多岐にわたるジャンルから好きなアプリをダウンロードし、キャリアはドコモ(或いはau、ソフトバンクなど)を選択して組み合わせます。


かつて圧倒的な強さを誇っていたマイクロソフトは、このスマホの世界では、Windows OSの優位性を獲得できずに終わっています。また、それ以前にも、クラウドサービスの登場によって、パッケージソフトのOfficeの必要性も失っています。マイクロソフトの独占を崩したのは、新しいテクノロジーやプレイヤーの登場であるのは間違いありませんが、消費者がそういった新しいものを選択したという事実と、選択肢の幅が広がったということが重要であり、ここにレイヤー構造化したビジネスの特徴があるといえるでしょう。


モジュール化、ソフトウェア化、ネットワーク化が、ビジネスをレイヤー構造化するように仕向けているともいえ、スマホやタブレット、PCといった広義のコンピュータ業界とその周辺及びそれに関係する業界、たとえばゲーム、テレビ放送、電子書籍、印刷、自動車、さらには2016年の電力小売の完全自由化に伴い消費者の選択肢が一気に広がった電力業界も例外とはいえないでしょう。

このようなレイヤー構造化は、従前の既成概念や慣習を打破し、業界を横断して、新たな産業を創り出してきました。この世界では、プロダクトの提供者と利用者を結びつける場/プラットフォームを介して、ビジネスが行われるものが多くあり、誰もが知るAppleやGoogleなどは、このプラットフォームで大きな成功を収めています。


Amazonも、企業や個人の出品者と購入者を、自社ECサイト上でつなぐ販売の場/プラットフォームを提供しています。今日、知らない人は誰もいないのではないかと思えるくらいです。規模は違いますが、国内の百貨店やGMSなどのインターネットショッピングも、多くが自社のプラットフォームで行っています。ただ、これをレイヤー構造化の例として挙げている専門家の方も時々いらっしゃいますが、筆者はあまりそうは思いません。何故なら、そのプラットフォームでは、消費者が商品またはそのパーツを自由に組み合わせて選択できるわけではないからです。

たとえば、百貨店の高島屋のサイトであれば、高島屋が扱う商品だけで(ほかの百貨店や小売業態のものを扱うわけではなく)、高島屋のサイトにある和菓子の鶴屋吉信は鶴屋吉信が提供する完成された最終商品だけであり、通常全く同じ商品が他の百貨店たとえば三越でも売られています。

ネット上で、消費者が好きな商品やサービスを選ぶことができるというのがレイヤー構造化というのであれば、リアルの店舗でも昭和やその前の時代からレイヤー化されていたということにもなりかねません。レイヤー構造化された産業の特徴が拡大解釈され過ぎていると筆者は思います。この点については、次回でもう少し述べることにしたいと思います。

その百貨店で、三越と伊勢丹が、4~5年前にウーバーイーツと出前館を活用したフードデリバリサービスを始めました。ウーバーイーツも出前館もインターネット上で、お店とメニューの選択により、多様な食をワンストップ的に行う食のデリバリという新しいレイヤーを作り出しました。両社とも、様々な飲食店やレストランと組むことで、非常に多くの選択肢を消費者に提供することには成功しています。但し、三越と伊勢丹の取組みが、うまくいっているかどうかはなんともいえませんが・・・。

続きは次回にしたいと思います。


12/01/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス④ プレイスその3

フィリップ・コトラーが、マーケティング3.0を米国で発表したのが2010年、あれから15年が経ちました。マーケティング1.0が製品中心のマーケティング、2.0は消費者志向のマーケティング、そして3.0が価値主導のマーケティングです。


3.0では、企業のビジョン・ミッション・価値が、企業のマーケティング・ガイドラインになりました。1.0では製品の説明、2.0では企業の製品とポジショニングであったことを考えると、かつてなかった大きな変化です。実際、消費者との交流という観点では、1.0が1対多数の取引、2.0が1対1の取引、3.0では多数対多数の協働となっています。協働マーケティング、文化マーケティング、スピリチュアルマーケティングの融合が、マーケティング3.0であるとしています。

その後、コトラーは2017年にマーケティング4.0、2021年にマーケティング5.0を発表しました。いずれも3.0の延長線上にあり、人々の自己実現にフォーカスしたマーケティングの考え方を推し進めました。4.0は、「カスタマー・ジャーニーのあらゆる面をカバーするために、人間中心のマーケティングをどのように深化、拡大すればよいか」を論じています。そして、5.0では「人間を模倣した技術を使って、カスタマー・ジャーニーの全行程で価値を生み出し、伝え、提供し、高めること」だと説き、デジタルテクノロジーの活用の新戦術まで踏み込みました。


このような3.0をベースにした価値主導型マーケティングへの転換は、マーケティングチャネルのあり方そのものにも大きな変化をもたらします。というのも、上記のとおり、3.0では消費者との交流、つまり消費者との接点であるチャネルが多数対多数の協働になるからです。

協働者としてのチャネルというというのは、チャネルパートナーの「目的・アイデンティティ・価値」が、自社のものと似通っていることが前提として必要になります。そういった適切なパートナーを見つけることから、チャネル管理が始まります。そして自社はパートナーと「統合してブランドストーリーにインテグリティを持たせる必要がある」と、コトラーは述べました。


そのコトラーは、チャネルパートナーシップには、4つの段階があるとしています。第1段階は単一チャネルの段階で、限定された地域内での全ての販売を自社営業部隊か単一のチャネルパートナーがカバーします。

第2段階では複数チャネルの段階です。この段階では、プロダクト、セグメント、地域によって、チャネルパートナーを使い分けることはしません。ここでの特徴は、買い手がプロダクトを手に入れやすくするため、流通企業や異なる販売チャネルの増大をとおして、販売地域を拡大したとしても、販売地域や販売相手の活動を制限することはないということです。このため、流通企業どうしやチャネル間でのコンフリクトが発生します。

第3段階は地域別チャネルの段階です。ここでは「自社の市場を地域、消費者セグメント、もしくは製品セグメントによって分割」します。この段階では、チャネル間のコンフリクト回避のために、流通企業やダイレクトチャネルの活動を明確な境界やルールを敷くことで区分します。

第4段階は統合型マルチチャネルの段階で、一つのセグメント市場や地域市場で異なる複数のチャネルが分業します。企業は様々なチャネルに仕事を分担させることで分業が成立し、共存、協働することを可能にしています。たとえば、需要喚起はウェブサイトで、消費者体験は直販店で、流通とサポートは再販業者で、法人顧客への販売と再販業者の紹介は営業部隊が行うといった例を、コトラーは挙げています。

第4段階では、企業はチャネルパートナーをとおして、プロダクトのストーリーを広めながら、チャネル・コンフリクトは起こさずに、買い手に対してプロダクトを提供しています。ただ、これを実現させるためには、自社に確固たる価値観や信念があることが前提になります。口先だけだったり、依って立つものがしっかりしていなければ、真のパートナーシップを築くことは難しく、いわば明確な規律の下に皆が動く戦略思考がそこには厳然と存在するということになります。


コトラーのいう限定された一つの市場で、異なる複数のチャネルが分業し共存する統合型マルチチャネルの概念と、考え方で共通するところがあるものに、産業のレイヤー構造化があります。レイヤーすなわち階層化とは、ビジネスの要素を複数の層(レイヤー)に分けて、それぞれを連携させる仕組みやシステムのことをいいます。これは、従来の単層的なバリューチェーンでは説明しきれない産業構造で、特にプラットフォームビジネスに代表されるものです。このレイヤー構造化された世界では、消費者が直接プロダクトを、自由に組み合わせて選択できる点に大きな特徴があります。

続きは次回にしたいと思います。


11/25/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス④ プレイスその2

プレイスの2回めで、前回(プレイスその1)同様、チャネルに絞って進めます

前回で述べたとおり、チャネル戦略を考える時に重要なことは、ターゲット市場セグメントの需要の特徴を把握することです。

買い手が一般消費者の場合であれば、その需要の規模や大きさ、たとえばそれは地理的に分散しているのか、一定の地域に集中しているのかといったことなどを考えていかなければなりません。仮に、一般消費者が地理的に広く分散しているのであれば、リアルでいえば卸売企業、ネットであればアマゾンのような総合的な品揃えをしている小売企業のようなチャネルパートナーを活用することが前提になるでしょう。

ターゲット市場セグメントの需要の規模や特徴が掴めたら、次はそのセグメントに属する顧客は、自社のプロダクトをどのように購入/利用したいと思っているのかをおさえなければなりません。

たとえば、その顧客は幅広い品揃えを有する小売業態たとえば百貨店のようなところで、販売員と会話し、他社商品と比較検討しながら、購入したいと思っているのか。或いは、価格重視で、比較検討はさほどせずに、買物に費やす時間や手間をできる限り省きたいと思っているのか。この2つだけでも、購買行動は随分と異なります。

また、当該小売企業が立地する地域でも違いはあります。SMB(Small and Medium-sized Business/中小規模のビジネス)でよくあるパターンとして、地元での消費もほどほどにして(十分刈り取ることなく)、いきなり首都圏に進出しようとする企業が少なくありません。多くのケースにおいて、大規模市場にはたくさんの競争相手が存在し、また消費行動の変化もかなり激しいものがあります。そういった市場で、そもそも自社商品を目立たせ、購入/利用してもらい、リピート顧客を掴むといったことは、簡単ではありません。実際、自社商品が全体の中で埋没してしまい、1日にひとつも売れなかったというのは、そう珍しいことではないからです。

さらに、自社が希望する立地に店を構える小売企業が売上げを増やしたいために、値下げ販売を度々奨励するといったこともありえます。こういう場合には、そもそも自社の考え方、商品戦略やプライシングポリシーにまったくそぐわない可能性さえあるため、事前に確認しておくことが重要になります。

あと、選定したチャネルに対する商品供給に必要なコストは、どれくらいかかるのかということも検討しなければなりません。当たり前のことですが、自社が獲得できるであろう市場規模が経済的にかなり魅力あるものであれば、自ら進出することもありえるでしょうが、そうでない場合は、適切なチャネル仲介業者を活用して進出すべきです。ただ、チャネル仲介業者たとえば卸売企業の場合は、扱い品目が膨大な数になり、自社が売り込みたい商品は、当該卸売企業にとって多くの中の一つに過ぎません。そのため、積極的に売ってもらいたければ、それなりの販促金や、場合によっては卸売企業に対する投資的な活動といったような出費も必要になるでしょう。


チャネルとは、自社のプロダクトを買い手まで流通させる手段です。チャネルを介して、買い手に自社のブランドをしっかりと認知してもらい、ブランドのイメージを向上させるためのものでなければなりません。そのために、チャネルをどう活用し、管理していくかということです。

ケビン・レーン・ケラーは、ダイレクト・チャネル(郵便、電話、デジタル媒体、訪問、自社が単体で運営するリアルまたはネットの店舗)は、プロダクトの幅と深さ、プロダクトの多様性や、プロダクトの個性、明快な特性といったものを、買い手に十分認識してもらうことで、そのブランドエクイティを高めることができると述べています。

イン・ダイレクト・チャネル(卸売/流通企業、代理店、仲買人、自社が運営していない小売企業など)の場合は、小売業を含めた仲介企業による活動と支援、及び仲介企業が所有しているイメージや連想を、自社ブランドに移転することで、ブランドエクイティに良い影響を与えることができるとしています。

このように、チャネル戦略は自社が確立したい(またはもっと強固なものにしたい)ブランドイメージと、イン・ダイレクトの場合であれば小売企業のようなパートナー企業のイメージを最大限うまく組み合わせて、二次的ともいえるブランドイメージや連想を作り上げることが必要であることがわかります。そうするためには、チャネルの検討は、もっと慎重に、より幅広い選択肢から検討することが重要になるといえます。


11/17/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス④ プレイスその1

前回まではマーケティングミックスの価格について論じてきました。(参考: ブランディング(7)マーケティングミックス③価格24(プライシングまとめ①)価格25(プライシングまとめ②))

今回は、3つめのPのプレイス(Place)についてです。

フィリップ・コトラーとケビン・レーン・ケラーは、プレイスの変数には、チャネル、流通範囲、品揃え、立地、在庫、輸送があるといっていますが、今回のこのブログでは、チャネルに絞って述べていきたいと思います。


消費者にとって、プロダクトを購入/利用するためのチャネルは増え続けています。リアルの店舗か、ネットか、(ダイレクトマーケティングなどの)メールか郵便か電話か、テレビなどの通販、或いは訪問か等々、多数の選択肢があります

プロダクトの提供側でも、自社が直接行うのか、或いは卸売/流通企業を通すのか、代理店や仲買人などの中間業者を活用して販売するのかといったことを検討しなければなりません。ただ、どのチャネルを選択しようとも、基本的に共通していえることは、プロダクトコンセプトに合致したチャネルを選定することと、そのチャネル(リアル店舗か、ネットか、カタログかなど)をマネジメントすることが必要であるということです。

ここで基本的としているのは、一部の食品や日用雑貨品、特にバス・トイレタリー用品のようなカテゴリーに属するいわゆるコモディティ化が大きく進んだ商品の場合は、チャネル選択を厳密に行うことなく、流通のカバー率を向上させる施策、差別流通的なやり方で商品を販売してきたメーカーや卸が一定数存在してきたからです。今日では限定的な選択流通が増えてはいますが、無差別流通がなくなるわけではありません(また、なくす必要もないでしょう)。こういった理由から、基本的にとしています。


ところで、プロダクトコンセプトに合致したチャネルというのは、マーケティングミックスの観点でいえば、消費者とどういうコミュニケーションをしたいのかということに行き着きます。つまり、プロダクトコンセプトに基づいて設定したターゲットオーディエンスは、どういうメディアで、どのような行動をしているかを推定した上で、コミュニケーションメディアを選択するということです。この観点からすれば、マーケティングミックスにおける意思決定では、プロダクトからプライスへ進み、次はプレイスではなく、プロモーションを考えてから、そのプロモーションを実現するにふさわしいプレイスは何処かを決めるほうがより適しているともいえるかもしれません。


チャネルは、チャネルごとに提供する価値が異なります。リアル店舗であれば業態(売り方)の選択がある上、出店エリアも決めなければなりません。今日では、1種類のチャネルしか持たない企業は少なくなりました。市場で存在感を発揮するために、どのチャネルを活用するかは慎重に検討しなければなりません。1つのチャネルだけというのも問題ですが、多すぎると管理に手間取るばかりか、チャネル同士の対立が生まれる可能性があります。コンフリクトが発生すると、エンドユーザーのイメージ悪化が起こり、ブランドを存続・強化させていくことが困難になることも想定できます。

また、選択したチャネルによっては、プロダクトの価格帯を調整する必要があります。たとえば、飲料やアルコール類、特にビールなどは、同一商品であっても通常の販売価格が、小売業態によって30%以上の違いがあることが珍しくありません。さらに同じ業態であっても、食品スーパーやGMSの場合であれば、多くが商品をハイ&ローで提供していますが、食品スーパーのオーケーや、GMSの西友、また業務用スーパーなどはEDLPで商品を提供しています。(EDLPについてはこちらをご覧ください→ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その14)

このように顧客接点を持つ小売企業でやり方(ハイ&ローかEDLP)が異なる場合、仮にメーカーが商品を時々大幅値引きで販売していれば、ハイ&ロー型の小売企業では問題がなくても、EDLPの方では、同様の展開はできません。したがって、メーカーは自社ブランドの価値を高められるチャネルを慎重に選択するのは勿論のこと、選択したチャネルに対して支援を継続して行う必要が生まれるということになります。


大手企業であれば、経営資源も豊富にあり、いろいろなやり方を試すこともできますが、中小・零細企業(以下「SMB」、Small and Medium-sized Busines)であればそんな余裕はないでしょう。SMBであれば、優れたプロダクトの企画と提供を実現できるニッチ市場に特化できるチャネルを選択したり、買い手ごとにきめ細かい対応ができるようなチャネルにフォーカスするほうが賢明です。

まずはひとつの領域に焦点を絞り、そこで突出する(いわば消費者からみて目立つ)ことをしなければなりません。但し、選択したチャネルでフォーカスするのは、プロダクトそのものではなく、差別化につながる顧客へのベネフィットであることを忘れてはなりません。

このチャネル選択で最も重要なことは、当該プロダクトの潜在顧客がどこにいるかを見極めることです。そして、どういったやり方でその潜在顧客に、自社のプロダクトを知ってもらうかということに尽きるといえるでしょう。

ブランドの観点でいえば、選択するチャネルが自社のブランド戦略に合致していなければなりません。自社ブランドが果たす約束を、当該チャネルで実行できるかどうかが、ブランドには問われます。このように考えると、基本的には卸売企業や仲介業者に一任するというのはありえないでしょう。

B2CのSMBであれば、チャネルが提供している価値やイメージを消費者がどのように見ているのか、そのチャネルの中で自社プロダクトの役割はどうあるべきかを、必ずおさえておかなければなりません。

続きは次回といたします。


11/06/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その25

以下はプライシングの5原則です。

1. 価格は、コストプラス法にみられるような生産コスト上乗せ方式ではなく、プロダクトが買い手に提供する価値に基づいて設定する必要がある。

2. 価格は、買い手がプロダクトに見出す価値の相違によって、カスタマイズすべきである。

3. 価格は、買い手の心理(特に参照価格とその変化)を考察して設定する必要がある。

4. 価格は、買い手の価格心理の理解に加えて、競合他社がどのような長期目標と戦略を立てているかを慎重に分析し、且つ自社の動きに対して、競合がどのように反応するかを見極めて設定する必要がある。 

5. 上記4つを実践するためには、はじめに自社プロダクトの市場におけるポジショニングを明確にして、自社の目標と整合性のある価格を設定しなければならない。


前回(価格その24)は、プライシングの原則1から3までを述べました。今回は、原則4と5についてです。ここまでのブランディング(7)マーケティングミックス③価格については、以下のリンクからご覧ください。

 価格その1(価格の多様性)その2(価格検討3つのレベル)その3(プロダクトレベルでの検討)その4(先発企業の価格戦略①)その5(先発企業の価格戦略②)その6(先発企業の価格戦略③と後発企業の価格戦略)その7(経営の意志)その8(ライフサイクル①)その9(ライフサイクル②)

その10(消費者の価格概念)その11(内的参照価格①)その12(内的参照価格②)その13(バリュープライシング)その14(EDLP)その15(価格の測定尺度)その16(プライス・カスタマイゼーション①)その17(プライス・カスタマイゼーション②)その18(プライス・カスタマイゼーション③)

その19(プライシングのセグメント①)その20(プライシングのセグメント②)その21(プライシングのセグメント③)その22(新商品のプライシング①)その23(新商品のプライシング②)その24(プライシングまとめ①)


原則4は、「 価格は、買い手の価格心理の理解に加えて、競合他社がどのような長期目標と戦略を立てているかを慎重に分析し、且つ自社の動きに対して、競合がどのように反応するかを見極めて設定する必要がある」です。

ここでは、競合企業の数と競合企業間の差異に着目します。通常、競合企業の数が多ければ競争は激化します。ただ、数が多くても、たとえば建設業界のようなスーパーゼネコン5社のように、各社1兆円以上の売上げがあり、大規模プロジェクトの多くを請け負い、5次くらいまでの系列があるような場合には、実態として最適価格での契約がどうしても難しくなることがあります。談合とまではいかなくても、暗黙のうちに価格設定の面で協調し合うような関係が生まれます。

このようなケースを考慮すれば、つまり競合企業間の差異については、コスト構造、市場シェア、プロダクト構成、技術基盤の相違が大きければ、競争は激しさを増す傾向が高まるということがいえるでしょう。


次に、価格を下げることで短期的利益をどれくらい上げられるかを考えるべきです。当然のことながら、大きな短期的利益が見込める場合は、価格競争が起こる可能性が高まります。実際、囚人のジレンマにあるとおり、価格競争は簡単に生まれることに注意しなければなりません。

また、売上げやシェアを伸ばすことを目的としたもの以外にも、たとえば過剰生産によって在庫がだぶついていたり、プロダクトどうしが似通っていてどちらか片方に買い手をシフトさせる必要があれば、価格の引き下げは起こります。ケースはいろいろありますが、いずれにせよ競争の観点から、業界全体の価格水準を考えることが重要です(ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その2)


競合他社の動きを予測するためには、他社プロダクトの戦略上の目的を理解しなければなりません。とりわけ当該プロダクトの将来における重要性をおしはかって、売上げやシェアにどれくらい拘っているのかを見極めることが重要です。この時、競合のコスト構造と財務上の強さを推定して、どれくらいまでなら価格を引き下げることが可能なのかを掴むことです。

ピーター・ドイル(イギリスのウォーリック・ビジネススクール元教授)は、以下のようにして、競合他社の価値を評価することを薦めています。

①フォーカスグループによるプロダクトの属性を把握し、品質を多角的に評価するための要素(次元)を明確にする。

②品質の次元を重みづけし、顧客が最も重視する属性を決める。

③属性に基づき競合他社を評価する。特に最も重視している属性について、顧客が競合他社のオファーをどう評価しているかを調査する。

④望ましい価格と品質の組み合わせを顧客にランクづけしてもらい、その選好にしたがって顧客をセグメントする。

つまり、顧客は最高の知覚価値を提供してくれるプロダクトを選ぶということを前提に、顧客が知覚するプロダクトの品質を高めるか、価格を引き下げるかということになります。但し調査をする時には、あらゆる市場がセグメント化されている状況下であっても、全ての買い手が同じ価値の組み合わせを望んでいるわけではないため、特定のセグメントごとに価値を設定しなければならないと、ドイルは注意を促しています。

企業の先発後発の価格戦略については、テリスの9つの価格戦略(価格その4価格その5価格その6)で、プロダクトのライフサイクルステージについては価格その8価格その9で詳説しています。



原則5は、「 上記4つ(原則1から原則4まで)を実践するためには、はじめに自社プロダクトの市場におけるポジショニングを明確にして、自社の目標と整合性のある価格を設定しなければならない」です。

つまり、価格設定は、自社が望む市場でのポジション→価格→コスト→設計開発というながれであるべきで、従来からの多くのながれ(上記のながれの逆)であってはならないということです(ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その7)。

ポジショニングを明確にして、目標と整合性のある価格を設定することは、そう簡単にはいかないこともあるでしょう。というのも、プライシングが組織間の対立を招くことが珍しくないからです(そもそもマーケティングや新商品開発自体が、自社内各組織間のコンフリクトを生みやすい活動です)。

商品企画/マーケティング、研究開発、生産、営業、財務、経営/事業企画、物流などが目指す方向や機能の違いによって、プライシングは直接的な影響を被ります。とりわけ商品回転率の高い一般消費財メーカーにおいて一時的な値下げを行う場合などは、生産や物流に過度な負担を強いることが珍しくなく、半ば恒常的に感情面の対立に発展することがあります。


プライシングは小手先のテクニックでは乗り切れません。包括的、全体俯瞰的なアプローチが必要であり、プライシングに責任を負うマネージャーを配置することに留まることなく、経営の意思統一とリーダーシップによって進められるべきです。

効果的なプライシングを行っていくためには、関係各部署とそこで働く従業員に対して、プライシングの目的とメリットなどを明示し、教育をとおした周知徹底が何より重要です。

そのためには、プライシングについて的確な意思決定が行えるよう、中核となるタスクを定義し、プライシングプロセス特にプライシング計画立案のプロセスを標準化させることがまず必要でしょう。併せて、各部署と密に連携するプライシングチームを配置し、プライシングの最高責任者を導入することも、取組みの効果を大きくすることになるはずです。

こういった一連の取組みでは、トップマネジメントのコミットメントを確保することが不可欠です。局所的、部分最適に終わらず、部門横断的または部門を超えて、包括的、全体最適な意思決定が必要になるからです。また、納入先や顧客からの圧力に屈しないためにも、トップのコミットメントは避けてとおれません。


プライシングは、単なるマーケティングミックスの一要素として捉えるのではなく、ブランドのコンセプトそのものであり、ブランドを構築するうえで、極めて重要な方策であることを再認識することが重要です。何故なら、プライシングこそが、企業の利益と売上げにすぐさま直結するものだからです。


次回からは、マーケティングミックス3つめのPのプロモーションについてです。


11/01/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その24

マーケティングミックス2番めのPの価格について、半年間、論じてきました。その内容を簡潔に要約すると、次の5つの原則に集約されます。


1. 価格は、コストプラス法にみられるような生産コスト上乗せ方式ではなく、プロダクトが買い手に提供する価値に基づいて設定する必要がある。


2. 価格は、買い手がプロダクトに見出す価値の相違によって、カスタマイズすべきである。


3. 価格は、買い手の心理(特に参照価格とその変化)を考察して設定する必要がある。


4. 価格は、買い手の価格心理の理解に加えて、競合他社がどのような長期目標と戦略を立てているかを慎重に分析し、且つ自社の動きに対して、競合がどのように反応するかを見極めて設定する必要がある。


5. 上記4つを実践するためには、はじめに自社プロダクトの市場におけるポジショニングを明確にして、自社の目標と整合性のある価格を設定しなければならない。


マーケティングミックスで、収益を直接生み出すのは、2つめのPである価格だけで、それ以外は全てコストといえます。

価格以外のマーケティングミックスの変化、つまりプロダクト・プレイス・プロモーションの中身を変えることによる利益と売上げへの影響、特に短期的なインパクトについては、価格の変更による影響よりも、はるかに小さなものです。価格の変更・調整は、プレイスやプロモーションにおける方針転換、プロダクトの新規開発・導入よりも、ずっと短い期間で実行できるのは明らかです。


市場は複雑化しています。社会のデジタル化と共に、販路は多様化し、市場のセグメント化は一段と進行しています。ひとつのタイプやブランドだけを提供して事足りるという時代は終わっています。企業は製品やブランドの組み合わせ、それらの相互依存性を考慮して価格を設定しなければ、もはや競争に勝ち抜くことはできません。グローバル競争であれば尚更であることから、プライシングの重要性はかつてないほど大きなものになっているといえるでしょう。


上記原則1については、買い手がプロダクトに対して支払ってもよいと考える価格、つまり買い手が得られる価値で、プロダクトの価格は決めなければならないということを表しています。というのも、通常買い手は、ある商品がほかのものと大差ないと感じた場合、安いほうを購入(または利用)するのが普通です。そのため、ほかとの差異を感じられる価値が重要になります。


買い手は、プロダクト特性の違いから生じるベネフィットを理解することで、満足感をおぼえます。経済性は無視しえないものですが、B2Bの場合は、経済的価値に加え、機能的価値を重視する傾向が一般的です。B2Cの場合は、経済性の次に、情緒的価値または自己表現的価値が、今日ますます重要になっています(ブランディング (3)セグメンテーション ②消費者市場R&Dと組織横断型活動 (1)はじめに③)。

このことから、価格がコストを決定するのであって、コストが価格を決めるものではないということがわかります(ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その7)。なお、価格の測定については、 価格その13価格その15をご覧ください。



原則2の価格カスタマイズ(プライス・カスタマイゼーション)は、非常に重要な考え方です。というのも、プロダクトの購入/利用に対して、買い手を取巻く環境や、態度・嗜好は様々であるため、必然として買い手がプロダクトに見出す価値も異なります。買い手のセグメントが違えば、プロダクトを同一価格で提供するよりも、違いのある分だけ異なる価格で提供するほうが効果的であるのは明白です。

また、プロダクトを全ての市場に対して同一価格で提供することは、全ての市場を同質的なものと捉えているともいえ、買い手や、サプライヤーなどの協力企業、従業員や経営者、株主に対して、価値創造の機会を逸していることにもなるといえるでしょう。

このように非常に重要なプライス・カスタマイゼーションについては、主に、ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その16価格その17価格その18で、また、価格その19価格その20価格その21で詳説しています。



原則3の買い手の価格心理、特に参照価格とその変化を考察することは、マーケティング/ブランディング活動の成否を左右すると言っても過言ではありません。効果的なマーケティング/ブランディング活動を計画し実行するためには、買い手の購買心理(広くは購買行動)の理解が欠かせません。とりわけ一般消費者を対象にするB2Cの場合では尚更です。

参照価格を中心とした買い手の価格心理については、ブランディング (7)マーケティングミックス③価格その10 価格その11 価格その12で述べています。


原則4と5については、長くなるため次回にしたいと思います。





10/24/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その23

新商品についてのプライシングのすすめ方は、次のとおりです。

1. 新商品の位置付けの明確化

2. 新商品のベネフィットの評価

3. 新商品の価格帯の決定

4. 市場規模の予測

5. 新商品の価格提示と価格帯の調整


前回(価格その22)は、上記1の「新商品の位置付けの明確化」ですべきことは、当該新商品が革新型、改良型、模倣型のどれに該当するかを判断することです。要は、市場における当該新商品の位置付けをハッキリさせるということです。

この1で、どのタイプ(型)に該当するかが決まれば、次は2の新商品のベネフィットの評価へと進みます。


2の「新商品のベネフィットの評価」では、当該品がどういった種類のベネフィットをうたっているのか、機能なのか、プロセスなのか、リレーションシップなのかといったことを評価します。但し、差別化のもとになるベネフィットは、マーケティングミックス前のコンセプト策定時点で検討を終えていなければなりません(ブランディング (7)マーケティングミックス② プロダクト)。

新商品の評価は、関係者の勝手な思い込みを鵜呑みにすることなく、データや情報を集めて、できる限り定量的に行うことが重要です。一般的な消費者調査では、コンジョイント分析や、PSM分析(Price Sensitivity Measurement, 価格感度測定)になります。ほかにも、定量手法として、価格設定に関する実証実験(新商品が実在している場合に限定)、ヒストリカルデータを用いた市場取引分析(過去における商品の価格変動や取引量等の時系列データ分析、既存商品には有効)などがあります。

専門家による判断については、専門家次第の感はありますが、相対的にいって今日では、(筆者だけかもしれませんが)その判断が妥当性を欠くことが珍しくありません。むしろ見込み客となりうる消費者(或いは法人企業など)を慎重に選定して、無料で新商品を一定期間試してもらうほうがはるかに効果的でしょう。但し、パイロットテストをとおして、見込み客には忌憚ない意見をしっかり語ってもらうことがが前提です。


3の「新商品の価格帯の決定」は、新商品の通常価格以外に、上限の価格と、いくらまでなら値段を下げてもいいかという下限の価格の範囲を決定します。食品でいえば、特に嗜好性の強い菓子や飲料などは、魅力的な価格設定を行うことで、市場規模の拡大が比較的やりやすい商品カテゴリーであるため、価格帯の決定は非常に重要です(消費者を惹きつける広告宣伝や販売促進は、もちろん別途必要ですが)。

このような商品カテゴリーでは、価格帯の幅を少し広めにとることがポイントになります。嗜好性の強い菓子や飲料は、リピート購買がふつうで、また、ファン化もしやすいため、単価を下げて販売すれば利益は減りますが、売上げ数量は増やすことができ、トータルで利益額を押し上げていくことができるからです。

但し、価格帯の上限値を高く設定できるのは、強いブランド力を持つ商品または企業に限られるのがふつうでしょう。ブランド力が弱かったり、そもそも認知されていなければ、価格帯の範囲はやや狭めにして、通常価格は中程度かやや低めに設定するほうが賢明です。なお、適正な下限値を設定するためには、甘い市場予測の下でコストを低めに見積もったり、コストを過大に見積もったりしないように、コスト分析を精緻に行うことが必要です。

ここで気をつければいけないことは、改良型の新商品の場合は特に、競合の反応を慎重に見極めなければならないということです。もしかなり安い価格で競合他社のシェアを奪いとるようなことをすれば、後戻りのできないような価格競争に陥る可能性があるからです。自社に置き換えて考えればわかりやすいと思いますが、みすみす自社のシェアが奪われていくことを見過ごすことなど、ふつうはできないでしょう。もし、その商品が自社の看板商品の地位を脅かすようなことがあれば尚更です。逆に、高めに価格設定をすれば、シェアよりも利益重視の姿勢を示せることで、他社はしばらく様子見をする可能性が高い(つまり価格競争にはならない)といえるでしょう。

革新型の新商品の場合は、他社の模倣型新商品が必ず登場してくるため、それまでの時間をどれくらい見込むか、また、他社が参入しにくくするような打ち手をどのようにとるかを考えなければなりません。浸透価格経験曲線プライシングなどは、大手企業であれば用いやすいでしょう。また、他社の参入を招きやすくなりますが、スキム価格も十分ありえる価格戦略でしょう(ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その5価格その6)


4の「市場規模の予測」では、3の新商品のベネフィットの評価に基づき、消費者(または法人企業)セグメントごとに市場規模を算出します。これにより、どのセグメントが新商品を高く評価してくれて、どのセグメントがそうでないかを把握できるようになります。また、価格帯ごとに市場規模を予測することができれば、それぞれの価格と売上数量にふさわしいプライシングモデルが見えてくるはずです。PSM分析をセグメントごとに行えば、価格の受容範囲を探ることが可能です。(PSM/Price Sensitivity Measurement、価格感度測定)


5の「新商品の価格提示と価格帯の調整」については、一般的にいえば、販売チャネルの種類と競合の動きを考慮して行われていますが、このブログで論じてきたような消費行動をもっと重視する方向に転換できれば、より大きな売上げと利益の創出機会を獲得できるはずです。

そのためには、新商品の売り手企業が買い手である消費者や法人企業に対して、新商品のベネフィットや価値を的確に伝えられるマーケティングコミュニケーション能力をもっと磨いていくことが必要で、革新型の場合は尚更です。適切な販売チャネルの選定、効果的なプロモーション手法の選択とその実行頻度の検討が求められます。販売チャネルとプロモーションについては、プライシングの後に続けて行う予定です。


10/19/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その22

新商品の価格はどのように決めるのがいいのでしょうか。

コロナ禍以降、モノの値段は高騰(または暴騰)し、根拠のないめちゃくちゃな値付けになってしまったのものが少なくありません。なかでもお米はその代表格といえるでしょう。たとえば、大分県産のひとめぼれの特Aが、2024年の秋だと10kgで4,280円だったものが、25年には値段が上がり続け、筆者の知る限りで最高値の時には14,000円にもなりました。その後、値段は一定せず、11,000円くらいまで僅か1日くらいで下がったかと思えば、また上がったりするなど、消費者をバカにしたような値段がつけられ続けています。

野菜農家や果物農家、または畜産農家などと違って、米農家が生産する米の値段が、短期間で、1.5倍や2倍どころか、3倍以上にもなるというのは狂気の沙汰で、説明などつくはずがありません。何故なら、たとえばハウス栽培をする野菜や果物農家にかかる電気代とか、多くの肥料を輸入に頼るような畜産農家などと違って、米農家にはそういったインフラや原材料などに係るコストがないからです。勿論、まったく要らないというわけではありませんが、極めて小さいものに過ぎません。

このように近年のプライシングには、常識とか倫理といったものが通用せず、事業のあるべき姿やビジネス上のセオリーなどは消失した感があります。ですが、いつまでもこのような状態が続くわけでもなく、いずれそういった事業者は淘汰されることになるでしょう。


新商品のプライシングは、市場における当該商品の位置付けを考えて決めるというのが、おそらく最も適切なやり方です。モノであろうとサービスであろうと、新商品は、次の3つのいずれかに該当します。

革新型: 比較できる類似品が存在しない、まったく新しい商品

改良型: 機能強化、サービス付加など、既存品の延長線上にある商品

模倣型: 他社商品と比べ目新しさのない商品


自社が新たに開発している新商品が、上記3タイプのどれに該当するかを正しく判断することが、はじめにすべきことです。


革新型であれば、自由な値付けが可能ですが、そもそも買い手が当該品のベネフィットを理解してくれるかどうかはわからず、適正価格の設定とその後の価格コントロールは、参入してくる可能性のある企業を想定しながら行う必要があるため、非常に難しいものがあります。

革新型の価格戦略には、スキム価格浸透価格を適用することができます(ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その6)。但し、自社新商品の価値を、経営者や担当者が過大に評価するケースは珍しくないため、何が革新的なのか、本当に革新的なのか(実は改良型に過ぎないものを革新型として売り込もうとしていないのかとか、実際のところは他社追随型の模倣品であるにも関わらず経営層向けの受けを狙ったものではないのかなど)を、見極めなければなりません。


改良型では、改良によって買い手が得られるベネフィットが適切なものか、また、そもそも買い手は改良を望んでいるのかといったようなことを正しく把握しなければなりません。また、当然のことですが、競合の動きは慎重に見極めなければならず、無用な価格競争に陥っては元も子もありません。やり方としては、差別化プライシング競争的プライシング製品ラインプライシングの3つに大別できます(価格その4価格その5)。


模倣型の場合は、買い手からすると、目新しいベネフィットは見当たらないため、費用構造を念入りに分析し、考えなければなりません。また、自社のブランドイメージを毀損するような値付けだったり、市場ポジショニングと乖離した値付けをするようなことになると、取り返しのつかない失敗につながる可能性もあるため、細心の注意を払って行う必要があります。模倣型では、協調適応日和見略奪という4つ価格戦略のいずれかを用いることができます(価格その6)。


繰り返しになりますが、新商品のプライシングは、対象となる新商品が革新型なのか、改良型なのか、模倣型なのか、どれに該当するのかを慎重に見極め、その新作の位置付けを明確にすることから始めます

注意しなければいけないことは、いきなり細かい点から入ってあれこれ論じたり、いくらにすれば損をせずに済むかといったような、謂わば局所的な検討や、リスク回避的ともいえるような思考や行動は避けなければならないということです。新商品の可能性を自ら狭めたり、むやみに広げたりすることがあってはなりません。まずは、高いところから考える、全体を見るといった思考アプローチで、新商品のタイプ(革新型、改良型、模倣型)を考えることが必要です。


位置付けを明確にしたら、次は当該新商品のベネフィットを評価することになります。これについては、次回にしたいと思います。


10/13/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その21

前回の価格その20は、ネイゲルとホールデンの7つのプライシング・セグメントの2つめから4つめまで、「購入場所によるセグメント化」、「購入時間によるセグメント化」、「購入数量によるセグメント化」について触れました。今回は、残りの3つについてです。


5つめの「製品デザインによるセグメント化」は、サイモンとドーランのプライス・カスタマイゼーションの「製品ラインアップによるフェンス」のなかの一つに含めることができるでしょう(ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その16)

ネイゲルとホールデンは、このセグメント化の例として、航空会社のビジネストラベラー向けフライトスケジュールの調整が容易いタイプの航空券と、多くの観光旅行者向けのフライト日程変更不可の航空券の違いや、石油会社の精製コストは、レギュラーガソリンとプレミアムでは殆ど変わらないにも関わらず、販売価格には一定の違いがある例などを挙げ、売り手が再販を制限できるプロダクトを扱う場合には、このセグメント化は容易に行うことができるとしています。


6つめの「製品とりまとめによるセグメント化」は、7つめの「抱き合せ販売によるセグメント化と測定」と併せて、サイモンとドーランの「取引特性によるフェンス」(ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その18)のなかの一つに含まれます。

グロッサリーストアやファストフード店などでの商品購入で得られるスピードくじ、レストランで単品注文よりもお得なセットメニューなど、日本でもお馴染みのものですが、米国では一層ポピュラーなもので、食品や日用品などの最寄り品でよくみられるセグメント化です。

専門品の代表的な商品である車では、たとえば新車購入時に、モノやサービスなど様々なオプションをつけて販売しています。とりまとめて一括購入すると、個別に購入するよりも、安く、何より手軽に手に入れられるのが買い手からはメリットでしょうし、売り手もあまり手間をかけずに売上げを伸ばすことができます。パッケージ旅行商品にあるオプショナルツアーなどもこれに含まれ、選択可能な付加価値的とりまとめをするセグメント化といえるでしょう。


最後の「抱き合せ販売によるセグメント化と測定」は、おそらく最もよく知られるものに、製品とメンテナンスサービスの組合せが挙げられます。日本でも、マンションなどの集合住宅や業務用エレベーターなどは、その代表例といえるのではないでしょうか。ほかにも複写機とインクカートリッジや、PCとソフトウェア、また、DVDでの人気ソフトとそうでないものとの組合せなどがあります。ところで、この7つめのセグメント化での「測定」というのは、製品の使用頻度をモニタリングし、サービスを付加して、つまり抱き合せて提供するということが、このセグメント化の目立った特徴(但し、全てがそうではありません)であるためです。固定費が高い業界では、このセグメント化は効果的といえるかもしれません。


プロダクトの何処に着目すれば、より利益を生み出すプライシングが可能になるのか、優れたセグメント化が実現されるのかといったことは、マーケティングマネージャーの卓越した市場インサイトにかかっているといえるでしょう。


10/01/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その20

前回の価格その19は、プロダクトの提供方法の変更をとおして、異なる価格設定の重要性について述べました。そのなかで、ネイゲルとホールデンの7つのプライシング・セグメントの有用性について触れ、1つめの「買い手の身元確認によるセグメント化」について概説しました。


今回は、2つめの「購入場所によるセグメント化」から始めます。このセグメント化は、日本でも広く行われている一般的なやり方です。なお、このセグメント化は、サイモンとドーランのプライス・カスタマイゼーションの4つの方法のひとつである利用可能性によるフェンス」の購入場所の限定と同じ考え方です(ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その17)

価格その17の内容と重複しますが、場所によるセグメント化の例として、たとえば、ホテル客室内のミニバーや冷蔵庫にある飲料などが通常価格より大幅に高いこと、宅配ピザと同じピザを店内で食べた時の価格の違い、外国人が日本以外の居住地で日本国内の列車チケットを購入する時の割引料金、競争の激しいエリアとそうでないところの同一小売チェーンが扱う同一商品の価格の差異、オフィス街にある自販機で売られている飲料の価格とリゾート地やへき地などでの価格の違い、地域によって送料が異なるケースなどが挙げられます。

また、グローバル化が進行しているとはいえ、同じ商品でも国によって取り巻く競争環境が異なるため、価格に大きな差異が生じていることは珍しくありません。広く知られているコカ・コーラやマグドナルドのハンバーなどが、為替や物価水準を差し引いても、国や地域よってかなりの違いがあるのはこのためです。


3つめの「購入時間によるセグメント化」は、サイモンとドーランのプライス・カスタマイゼーションの「取引特性によるフェンス」のひとつに該当します(ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その18)飛行機や列車、ホテルなどの早割、高速道路の深夜割引をはじめ、自動車保険等の契約更新前の早期割引、電気やガスなどのインフラ料金の時間帯別割引などが挙げられます。ほかにも、ファッション衣料雑貨のシーズン終了後のバーゲン価格や、型番が古くなったPCほかのIT関連製品、車のモデルチェンジ直前の現行モデルのディスカウント、さらにはレストランでのランチタイムのお得価格なども該当するでしょう。


4つめの「購入数量によるセグメント化」も、「取引特性によるフェンス」のひとつに数えられます。価格その18ではFSPなどのポイントアップ・プログラムについて触れました。ネイゲルとドーランは、購入数量割引には、「ボリューム割引」、「オーダー割引」、「段階的割引」、「二重価格」の4つの種類があるといっています。

両氏のいうボリューム割引とは、基本的に法人の大口顧客向けで、ビジネスを継続させるために適用されるものです。一般消費者向けは、オーダー割引という名称となり、少しでも多くの量を、注文金額をより大きなものにするために行われるものです。たとえば、飲料やアルコール類の1ケース売り、菓子類の4袋まとめ売り、最近ではアマゾンの4点買うと5%オフなどになるでしょう。

段階的割引は、指定数量を上回って購入した場合に割引が適用されるものをいいます。両氏は、電気料金を例に説明していますが、日本ではあまり一般的とはいえません。おそらく最も知られているものは、ポイントアップ・プログラムで、年間購入金額が一定額を上回ると、ポイント還元率がアップするというものでしょう。リアル、ネット問わず、この段階的割引の仕組みを取り入れている企業は少なからずあります。

ここでの二重価格とは、ひとつのプロダクトの消費に対して、異なる2つの請求をすることをいいます。基本料金と個別の利用量、たとえば、スポーツジムやフィットネスクラブの年会費と時間帯別利用料金、比較的高額なレストランでのメニュー料金とサービス手数料などが代表的ではないでしょうか。

両氏は、二重価格によるセグメント化は、高頻度利用者には有利に働く一方で、低頻度利用者にも魅力あるサービス提供を維持継続させることを可能にするとしています。フィットネスクラブを頻繁に利用する人は、年会費を利用回数で割ると1回当りの額が低くなり、あまり利用しない人にとってはいつも使っている人でも飽きがきにくい設備・仕様環境を楽しめるからということになるのだろうと思います。

5つめの「製品デザインによるセグメント化」以降については、次回といたします。


9/22/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その19

企業は商品の差別化をとおして、できる限り高い価格を設定したいと努めます。そのため、自社プロダクトのベネフィットを評価してくれる買い手を、少しでも多く獲得したいと考えます。何故なら、自社商品をいつも評価してくれる買い手は、そうでない人たちより、より多くの対価を支払ってくれるからです。

買い手によって異なる価格感度は、参照価格の違いによるものが大きいことは、これまで見てきたとおりです(ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その11その12)。(価格感度の説明については、こちら→ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その15)


それでは、基本的に同じプロダクト(製品、サービス)において、どのようにすれば異なる価格を設定することができるのでしょうか。全く同じ環境下で、同一のプロダクトを、異なる価格で提供することは、通常できないでしょう。けれども、プロダクトの提供方法を変えたり、プロダクトの購入(または利用)時の条件を変更すれば、たとえ同じプロダクトであっても、異なる価格を設定することが可能になります。


買い手の特性に合わせて価格をカスタマイズするプライス・カスタマイゼーションについては、ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その16その17その18で述べました。


このほかにも、トーマス・T・ネイゲル(米国シカゴ大学等の元教授)とリード・K・ホールデン(ホールデン・アドバイザー創業者、プライシングエキスパート)の7つのプライシング・セグメントという考え方があり、これも大変有効なものです(呼び名が違うだけで、買い手の特性に従い、異なる価格を設定するという考え方は、プライス・カスタマイゼーションと基本的に同じもの)。

両氏は、プロダクトにおける価値の相違と連動するプライシング・メトリクスを確立することは、様々な買い手を獲得することにつながると述べていますセグメント化されたプライシングで成功するためには、それぞれの業界の状況に即したアプローチを選択し、的確なプライシング・メトリクスと、価格感度の相違で買い手を区分するプライシング上のフェンスをいかに作るかにかかっていると説いています。

買い手の身元確認によるセグメント化

購入場所によるセグメント化

購入時間によるセグメント化

購入数量によるセグメント化

製品デザインによるセグメント化

製品とりまとめによるセグメント化

抱き合せ販売によるセグメント化と測定


買い手の身元確認によるセグメント化」は、よくあるセグメント化といえるでしょう。日本で典型的なものには、学生割引、シニア割引、クーポン利用による割引があります。なかでも、クーポンの活用は、異なる価格セグメントの消費者を惹きつけたり、プロダクトブランドの変更や新規顧客獲得の契機になり得ます。かつての携帯キャリアの乗り換えなどは、その典型例といえるでしょう。ほかにも、会員割引、提携先や提携カードメンバーへの割引、誕生日や結婚記念日等のアニバーサリー特典などが挙げられるでしょう。

この「買い手の身元確認によるセグメント化」は、サイモンとドーランが説いたプライス・カスタマイゼーションの4つの方法のひとつである「購買者特性によるフェンス」(ブランディング(7)マーケティングミックス③ 価格その18)と、基本的に同じ考え方です。


ところで、この「買い手の身元確認によるセグメント化」は、価格感度の高い買い手に対して有効なやり方ですが、身元を確認できるものを提示してもらうことが前提となるため、個人情報の開示を好まない人には通用しません。

このため、どんな商品の買い手でも価格感度を示してもらうためには、予め高い価格、たとえば定価や正規料金を提示し、身元確認をとおして割引するようにもっていくことと両氏は述べています。けれども、買い手はプロダクトの購入/利用をとおして学習します。時間の経過と共に、その手の情報には長けるようになり、選択肢の幅を広げていくことになります。このため、プロダクトの提供側は、こういった買い手の変化をいち早く察知し、セグメントの見直しや広義のコミュニケーションスキルを磨いていかなければなりません。同じやり方がいつまでも通用するということはまずないからです。

ところで、このセグメント化における両氏の興味深い分析として、価格感度の高い買い手は、提示された価格や提供されたサービスに対して不満を述べることは少ないが、価格感度の低い買い手はそうとは限らないばかりか、むしろしばしば不満を相手に伝えるというものです。筆者も、この記述には思いあたるところが多く、プライシングによるセグメント化を検討する上で、非常に参考になると思います。

購入場所によるセグメント化以降については、次回にしたいと思います。


9/13/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その18

前回はプライス・カスタマイゼーションの4つの方法のうち、2つめの「利用可能性によるフェンス」について述べました(1つめは「製品ラインアップによるフェンス」)。今回は、残り2つの「購買者特性によるフェンス」と「取引特性によるフェンス」についてです。


(3)の購買者特性によるフェンスは、属性ごとに異なる顧客価値に沿って、価格をカスタイマイズする方法で、ジェラルドJ.テリスの9つの価格戦略の第2市場ディスカウンティング(価格その4)に相当します。遊園地や映画館での子ども割引、一部の食品スーパーで行われている高齢者割引、PCソフトなどでみられるアカデミック割引などが代表的なものとして挙げられます。ここで重要なことは、コストをできる限りかけずに購買者の特性を識別できるようにすることです。その属性には、以下の4つがあります。

年齢(子供や高齢者の割引)

組織特性(エンドユーザーと小売流通企業)

ユーザー特性(新規購入者と既存顧客)

支払能力(大学の奨学金受給学生とそうでない学生)


なお、②組織特性については、エンドユーザーの商品選択を主導的に決めることができる大口顧客(たとえば問屋など)に対して、価格を下げることで、当該大口顧客の商品変更の余地をなくしてしまうことなどが該当します。サイモンとドーランは、このフェンスの例として、米国における医薬品業界の卸売企業による薬局薬店などの小売企業に対する例を挙げています。



(4)取引特性によるフェンスは、デジタル機器の活用により、現在ではふつうに行われている価格をカスタマイズする方法です。これには主に、①購入/利用時期、②購入/利用量、③購入/利用するプロダクトの組合せという3つのタイプが挙げられます

購入/利用時期: 飛行機や鉄道・バス・フェリーなどの早割、高速道路の深夜割引、車の保険やメンテナンスの特定期日前の契約による割引などは、よく知られています。また、電気やガスなどもインフラでも時間帯別割引料金を導入しています。 

 

購入/利用量: 取引特性によるフェンスの中で、このタイプが最も一般的です。国内では今日、もはや殆ど聞くことがなくなってしまったFSP(フリークエント・ショッパーズ・プログラム)が該当します。FSPは、小売企業が顧客の購入履歴を分析して、優良顧客を囲い込むための手法で、もともとは航空会社のFFP(フリークエント・フライヤー・プログラム)を真似たものだったかと思います。FSPは、航空会社が顧客の搭乗距離に合わせて、マイレージポイントを貯められるようにして、一定マイルに達すると様々な特典を付与するもので、呼び名はともかく、今日では当たり前のサービスとして流通しています。 

FSPやFFPなどに代表されるポイントプログラムは、データ分析による顧客の囲い込みと選別にとどまることなく、蓄積したデータを活用して、自社提供サービスの改善や開発につなげることが狙いだったはずです。ところが、ポイントプログラムが年々、複雑多様化することで、分析は後回しとなり、プログラムは単なる割引制度になってしまったというのが、国内市場の状況だといえるでしょう。

 

購入/利用するプロダクトの組合せ: 価格バンドリングと呼ばれるこのやり方は、束ねるという意味のバンドリングが表すとおり、幾つかのものを組合せて販売します。最も一般的なものは、本体と一緒に付属品を購入すると、付属品の価格が安くなるというもので、たとえばPCとソフトウェア、複写機とカートリッジ、新車購入時の様々なオプション、昼食時の食事と食後のコーヒー、ハンバーガーとポテトといったものが代表的でしょう。 

また最近では、コンテンツサービスのバンドリングも多数見られるようになりました。アマゾンプライム、ネットフリックス、ユーチューブプレミアム(YouTube、YouTube Music、YouTube Kids)などが該当します。こういったサブスクリプションをひとまとめにしたセット販売には、ユーザーが1つのプラットフォームで提供されるサービスへ一元的にアクセスでき、支払いも済ませられるということに、利用者が利便性を見いだしているのでしょう。こういったサービスは、エンターテインメントに限らず、ゲーム、教育、更には電力をはじめとしたエネルギーや金融などまで広がり、業界を横断してサービス提供が進められようとしています。筆者個人としては、やはりプライバシーやセキュリティなどが気になりますし、また、そこまでの利便性は必要ないと感じています。 

こういったバンドリングの一方で、コンテンツ産業では以前からアンバンドリングも存在しています。以前であれば1枚のCDに収められていた音楽を、オンライン上で曲ごとにダウンロード購入できる楽曲販売が代表的なものです。


プライス・カスタマイゼーションは利益を増大させる可能性のある有用な手法です。サイモンとドーランは価格をカスタマイズするにあたり、重要なポイントを次のように述べています。

1. 顧客ごとに異なる知覚価値(商品やサービスに対して感じる価値)を把握し、違いが発生する要因を特定すること


2. 知覚価値の異なる顧客ごとに、棲み分けできるフェンスを構築すること。つまり、知覚価値に見合った価格を設定しなければならないということです。顧客を知覚価値によって分類し、その分類がプロダクトの特性に適合している必要があります。このためには、プライス・カスタマイゼーションのベース(製品ラインアップ、利用可能性、購買者特性、取引特性)を明確にしなければなりません。


3. プライス・カスタマイゼーションによってもたらされる利益のみならず、計画し実行する上でのコストにも十分注意する必要があります。複雑なプライス・カスタマイゼーションには多大な運用コストがかかります。円滑に進めていくためには、一気に価格をカスタマイズしていくのではなく、徐々に進めていくこと。最初に2段階の価格を設定して、その後効果が高く実行可能と判断できる割引を付加していくこと。


4. プライス・カスタマイゼーションに関する法的環境を理解しておくこと。特に、顧客が価格に対して不公平感を抱くことがないように、顧客に対する公平性に気をつけること。顧客の不公平感は重大な問題に発展する可能性があるからです。



9/06/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その17

前回は、プライス・カスタマイゼーションの4つの方法のうち、1つめの「製品ラインアップによるフェンス」について述べました。今回は、2つめの「利用可能性によるフェンス」についてです。


(2)利用可能性によるフェンスは、販売/提供方法やチャネルなどを変更することで、価格をカスタマイズするものです。価格をカスタマイズする理由は、ワン・トゥ・ワン・マーケティング手法などにより、顧客を選別してプロダクトの購入/利用確度を高めるために行われます。サイモンとドーランは、利用可能性によるフェンスづくりには、主に4つの方法があると述べています。


クーポン: 紙についている割引券を切り取って使用するものがクーポンの始まりです。筆者が米国留学した90年代には、スーパーなどの小売店やガソリンスタンドでの精算時に、購入品目や額に応じてクーポンをレシートに印字するのが当たり前に行われていました。今日では、インターネットのショッピングサイトやメールなどに記載されているクーポンのコードも、ふつうに目にするようになりました。 

プロダクトの提供者が、顧客の購買/利用履歴に応じて、特定のグループに的を絞り、価格を割り引くクーポンは、購入頻度の高い顧客に対して、さらにもう一品購入を促すためのコモディティ商品における有効なやり方であるばかりでなく、車などに代表される高額品の買い替え需要を促進する手段としても定着しています。

 

ダイレクトメール・カタログ: インターネットの浸透により、この方法は下火になっていますが、筆者は今でも時折目にします。これは、顧客の購買履歴や会員情報に基づき、DMを何回かに分けて郵送し、1回目よりも2回目、2回目よりも3回目というように、回数を重ねるごとに価格を割り引いて案内するやり方です。サイモンとドーランは、7回に分けて、つまり7種類のカタログを作って顧客に配る事例を紹介しています。現在では7回というのはかなり特殊なケースのように思いますが、1回目は標準価格、2回目が割引価格、3回目は大特価というのは、衣料や食品などの分野では珍しくないでしょう。

 

地理的プライシング: 同じ商品であっても、国ごとに価格が異なるのがふつです。これは、たとえば英語を日本語に変える表記や、サイズ、色、容器、パッケージデザインなどの変更に伴うコストの増加、輸配送や保管コストなどに加え、為替の変動と、関税がかかってくるため、ある程度はやむをえないものです。 化粧品や衣料雑貨品は地理的プライシングの典型例といえるでしょうし、車にしても国内で販売されている輸入車は、本国仕様とさほど変わらないのに、日本では非常に高い値段がつけられているものも少なくありません。 

90年代初頭くらいまでの日本では、同一商品の内外価格差がそれなりに存在していました。およそ1.3から1.5倍くらいだったのではという記憶があります。ただ、その頃までの日本人の消費行動は旺盛で、支払い能力(または意欲)も今よりは随分高かったのではないでしょうか。また、消費に対する各人の目は今よりも肥えていたように思います。程度の差はありますが、筆者は内外価格差の存在がそれほど悪いことだとは思いません。経済のグローバル化の進展と共に、内外価格差は縮小し、為替の問題はあるにせよ、世界同一価格的な方向に、この20年くらいは進んできたように思います。それと歩調を合わせるように、日本人の消費行動はこじんまりとし、活力を失ってしまい、暮らしの中で豊かさを実感できなくなってしまったように感じるのは、筆者だけではないのだろうと思います。

 

購入場所限定のプライシング: これは、特定の場所でしかその価格で購入できないものを指します。ホテル客室内のミニバーや冷蔵庫にある飲料や菓子類などの価格が、通常価格より大幅に高いのはこの典型例です。自宅など所定の場所まで運んでくれるピザなどもここに含まれます。訪日外国人観光客向けに割り引かれたJRの周遊券などは、日本国内で購入できず、こういった類いのものもこの購入場所の限定になるプライシングです。 

さらには、競争の激しいエリアに立地しているチェーンストアの小売店と、競争相手がほぼ存在しないようなところに店を構える同一チェーンの小売店では、同じ商品であっても、価格が異なることがしばしばあります。このケースも、購入場所の限定に該当するプライシングといっていいでしょう。各店舗が顧客の価格感度を反映した値付けを行っているわけです。地方に移住した筆者は、ドラッグストアの商品、たとえば地方で売られているトイレットペーパーやティッシュボックスなどの価格が、都心一等地に構える同一のドラッグストアのものより、随分と高いことはちょっとした驚きでした。製紙メーカーの工場が、東京よりはるかに近いところに立地しており、輸送コストもさほどかからないはずですが、競争環境と販売量が異なるからというのが理由になるのでしょう。

3つめのプライスカスタマイゼーション「購買者特性によるフェンス」は、次回とさせていただきます。


9/01/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その16

前回は価格の測定尺度について述べました(価格その15)。今回はプライス・カスタマイゼーションについてです。


企業は、幾つかの市場セグメントに対して、1つのプロダクトを1つの価格で提供するよりも、セグメントが異なれば、異なる分だけ違う価格で提供するほうが、売上利益増大の観点で効果的です。また、同一セグメントにおいて、1つのプロダクトを状況に応じて異なる価格で提供することがビジネス倫理上問題なければ、より効果的だといえます。顧客の特性に合わせて価格をカスタマイズすることを、プライス・カスタマイゼーションといい、利益を拡大させるための手法で、価格を改定していく契機にすることができます。


ハーマン・サイモン(サイモン・クチャーアンドパートナーズの創業者)は、ロバート・J・ドーラン(ハーバード・ビジネススクール元教授)との共著『価格戦略論』のなかで、プライス・カスタマイゼーションには、基本的に4つの方法があり、そこではフェンス(仕切り、囲い)を作ることによって、価格をカスタマイズすることができると述べています。

(1)製品のラインアップによるフェンス: 顧客が自分の嗜好に合わせて製品を選択できるように、製品ラインを拡張させることで価格をカスタマイズする。

 (2)利用可能性によるフェンス: 顧客を選別して、販売/提供方法やチャネルを変更するなどして、価格をカスタマイズする。

(3)購買者特性によるフェンス: 属性ごとに異なる顧客価値に沿って、価格をカスタイマイズする。

(4)取引特性による分類: 取引の時期や取引量なでに応じて、価格をカスタマイズする。


(1)の製品ラインアップによるフェンスは、顧客が自分の嗜好に合わせて製品を選択できるように、製品ラインを拡張させることで価格をカスタマイズします。この製品ラインアップは、同じカテゴリーで少しずつバリエーションをつけて製品展開を行うことが基本です。これはカテゴリーの拡張ではなく、製品ラインの拡張であり、ブランド価値を維持しながら、顧客の裾野を広げていくことが重要な目的のひとつとなります。

興味深い事例として、サイモンは1995年に発売した米国自動車メーカーフォード社のトーラス新モデルを挙げています。当時、標準グレードのGLモデルの価格が、従来のトーラスの顧客層にとって割高のため批判を受けた際、フォードはこのGLモデルの価格を下げずに、人気が高いオプションをやめ且つカラーバリエーションを減らして、600ドル安い新しいGモデルをラインアップに加え、低価格帯のモデルを充実させたというものです。これは当時のトーラスにおけるフォードの戦略を堅持しながら、価格に敏感な顧客層に適切に対処した事例といわれています。


車がイメージしやすい製品ラインの拡張ですが、化粧品のライン拡張はより戦略的といえるかもしれません。たとえば、高級化粧品の代表格であるクリスチャン・ディオールは、基礎化粧品のラインを3つのクラスに分類しています。エントリークラスとしてカプチュールトータル、アドバンスがプレステージホワイト、ハイエンドで知られる最上級のディオールプレステージです。ディオールは、エントリーとして幅広い層を対象にした良いものとしてカプチュールトータルを薦め、顧客の年齢や製品の使用期間などに合わせてより良いものとしてプレステージホワイトを、最後は最上位ランクにある最高のものとしてディオールプレステージへと、クラスを上げていきながら、顧客の生涯にわたって関係を維持していけるようにしています。この間、様々な試供品は勿論のこと、希少なノベルティグッズや、プロモーションを徹底して行います。

ディオールの基礎化粧品についていえば、最上位ランクのステータスが、ブランド全体の品質を表現し、エントリークラスの位置付けにあるカプチュールトータルの製品イメージを大きく押し上げているといえるでしょう。エントリークラスでは他社製品との競争が激しさを増しますが、ブランド全体に浸透するプレステージ性の高さが、競争を軽減させたり、回避させることに貢献しています。なお、ディオールの販売チャネルは、百貨店を中心に、一部の専門店ビルと、自社のオンラインショップのみです。

国内の化粧品メーカーは、今でも百貨店、量販店、コンビニエンスストアなど、小売業態や販売チャネルに合わせて、ブランドを変更するなどして、多数の製品を提供しています。ブランドの絞り込みが難しい事例として、2005年くらいに資生堂がチャネル横断でマキアージュを展開し、ブランドイメージを毀損したことが挙げられます(ブランディング (4)ターゲティング ③3つのアプローチ)。化粧品のような美やイメージを売る製品については、基本的に1つのブランドがチャネルを跨って、同一価格で提供するということは、通常ありえないでしょう。


垂直方向に伸びる製品ラインアップは、車や化粧品以外にも、ファッション衣料(たとえばかつてのラルフローレンのポロとチャップスの関係がわかりやすいケース)や、輸入洋酒(たとえばブランデーのヘネシーでいえば、VS、VSOP、XOなど)に代表されるようなラグジュアリーな製品カテゴリーがあります。ITの分野でいえば、典型的なところでは、アドビ社の無料のアクロバットリーダーとアクロバットプロをはじめ、グーグルの無料のGmailから有償の幾つかのランク、ズームの無料ウェブ会議ソフトから有償版まで、様々なところで見ることができます。

サービスでは、航空会社のファースト、ビジネス、エコノミーの各クラスに加え、近年増加しているプレミアムエコノミーをはじめ、列車や船舶なども同様です。ホテルも同様ですが、シティホテルになると、よりバリエーションが広がります。なお、これらについては、(3)の取引特性による分類で、取引の時期で価格が変化することについて取り上げます。


水平方向の製品ラインアップは、先の化粧品でいえば、機能性としてスキンケアのホワイトニング、しわ排除のリンクルケア、しみをなくすスポッツケアなどがあります。ほかにも、フレグランスやメークアップなどもこのラインアップに含まれます。ファッション衣料では、デザイナーのブランドでよくみられる鞄や靴などの雑貨へ製品を拡張させることも水平方向のラインアップに該当します。ブランド力を最大限活用すれば様々な拡張が可能となりますが、規模が大きくなればなるほど、トラブルは発生しやすくなるものです。いつのまにか、あらゆるものをあらゆる人に提供するなどとなってしまい、ブランドイメージの悪化や信頼感の低下などにつながるようなことがあっては元も子もありません。


ほかには、製品を提供するタイミングが挙げられます。たとえば、映画はロードショー、二次封切り、DVD販売、DVDレンタルなど、時間の経過と共に価格が変化していきます。また、DVDの販売でも、通常のDVDから、ブルーレイ、4Kなどとバリエーションが広がり、CDも同様です。書籍は、ハードカバー(単行本)から、ソフトカバー(文庫本やペーパーバックなど)へ体裁を変えることで、購入の間口を広げ、より多くの読者を獲得しています。


このように見てくると、製品のラインアップによる分類といっても、様々なものがあることがわかります。ビジネスのアイデアや気づきは、同業種からではなく、異業種から得られることが少なくありません。他業種、他業界では当たり前とされているものでも、自らの業界では慣行されていないこともあり、新しいプライスカスタマイゼーションが見つかるかもしれません。

次回は、(2)利用可能性によるフェンスについてです

8/23/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その15

今回は価格についての15回めで、価格の測定尺度を取り上げます。これまでの内容は次のとおりです。 価格その1(価格の多様性)その2(価格検討3つのレベル)その3(プロダクトレベルでの検討)その4(先発企業の価格戦略①)その5(先発企業の価格戦略②)その6(先発企業の価格戦略③と後発企業の価格戦略)その7(経営の意志)その8(ライフサイクル①)その9(ライフサイクル②)その10(消費者の価格概念)、その11(内的参照価格①)、その12(内的参照価格②)、その13(バリュー・プライシング)、その14(EDLP)


価格の測定尺度には、よく知られるものとして、価格評価と価格感度があります。価格評価とは、プロダクト(商品/製品とサービス)を価格の視点で評価することです。価格感度は、価格変化に対する消費者をはじめとした買い手の反応を表します。たとえば価格感度の高い消費者というのは、価格に対して敏感な消費者という意味になります。


測定尺度には、もうひとつ「価格関与」というものがあります。「関与」は、国内外の研究で共通した用語ではなく、(共通の用語が存在しないために)学習院大学の元教授である上田隆穂氏が提唱したものです。上田氏の研究には、僭越ながら優れたものが多いと思いますが、ただ、この価格に関係するという意味合いの関与という用語に限って言えば、筆者にはどうもしっくりきません。ですので、本稿では「価格価値」という表現に変えて、消費者がプロダクト価格の支払いをとおして、自分が得たいことを表すものという意味合いを持たせた言葉にさせていただきます。


価格には、一般的に、「犠牲」、「品質」、「プレステージ」という3つの意味があるというのが通説です。犠牲については経済学で用いられるものですが、ビジネスの現場で使う言葉として、犠牲というのはあまりふさわしいとは思えませんので、筆者はこれを「対価」という言葉に変えたいと思います。

以上から、プロダクトを購入/利用する時に、価格がそのプロダクトの価値を表す価格価値については、第一に対価、第二に品質、第三にプレステージという3つで構成されることになります。

ひとつめの対価(または犠牲)については、当該プロダクトが備えていると期待されるそもそもの機能や働きに対して支払う消費者ごとの妥当性を表します。

ふたつめの品質は、消費者が要求する特徴や、機械でいえば性能、食でいえば味覚といったそのプロダクトの働きが持つ精度や程度を示すもので、価格の多少が品質の良し悪しを推し量ることになります。

プレステージについては、他者からどのように見えるか、または見られたいか、見せたいかといったことを表し、それが価格の高低でプレステージ性を感じるか否かという意味になります。


これら3つを用いた質問項目(測定尺度)については、上田氏のものをここにそのまま引用させて頂きます(上田隆穂著マーケティング価格戦略P113-114)

対価(または犠牲)

どのくらい安くなっているかが気にかかる。 

価格の変化をたまにチェックする。  

何処でも買えるならばディスカウントストアで買うほうがいい。 

バーゲンや特売があるときに購買する。

品質

高い商品は品質がよいと思う。 

安物を買って後悔したくない。 

高い商品を買っておけば面倒がなくてよい。

プレステージ

正直にいうと、他人に印象づけるために私は高い商品を買う。 

価格の高い商品を買うことによって、他人に自分を印象づけることができる。 

他の人たちが私よりも高い商品を買っているかどうか時々探ってみたくなる。


これらの質問項目をそれぞれ7点尺度として(全くそう思うを7点、全くそうは思わないを1点など)、消費者ごとに点数をつけると、各人の傾向がわかり、対価(または犠牲)、品質、プレステージの3軸でサンプルを全てプロットすれば、価格価値(または価格関与)の消費者分布がわかり、ターゲットセグメントの発見につなげやすいと上田氏は述べています。


新規のプロダクト開発で、ターゲットセグメントを見つけるために適用できる面もあると思いますが、何より自社の現行顧客はどういった人たちが多いのか、対価志向か、品質志向か、プレステージ志向かといったことを知るのに役立ち、この点から自社の意図したものとの乖離を掴むことができるなど、非常に有用だと思われます。

但し、近年の異様な価格高騰下では、対価での点数が高くなり、価格で買物を考えるセグメントが非常に大きな割合を占めるようになるのは、(悲しいことですが)自然なことなのだろうと思われます。また、対価(または犠牲)の質問内容については、今日の経済情勢により即したものにする必要があると思いますので、これらの点については注意が必要です。

次回は、プライス・カスタマイゼーションについてです。




8/17/2025

ブランディング (7)マーケティングミックス③ 価格その14

前回の価格その13では、バリュープライシングについて述べました。今回は、エブリデイ・ロー・プライシング(EDLP)についてです。

EDLPは、バリュープライシングでの検討事項を踏まえた価格決定の手法です。EDLPは、プロダクトの値上げと値下げを繰り返すパターンをやめて、毎日(エブリデイ)を基本として、プロダクトの価格を一定期間、変動させずに価格を設定します。

ケビン・レーン・ケラーは、P&Gが90年代はじめに、価格政策をEDLPへ転換して成功した事例を紹介しています。P&Gが価格設定をEDLPにしたのは、商品値下げにより消費者へ還元されたのは全体のわずか30%にとどまり、残り70%の半分は小売段階でのコスト上昇分として吸収され、あとの35%は小売業の直接利益になっていたという当時の状況を変えることでした。P&Gは、EDLPをとおして、流通業向けの値引き回数を減らす代わりに、卸売定価を引き下げることで、小売業がEDLP前とほぼ同じ利益率を維持できるようにしながら、P&Gブランドの価格の一貫性を回復させることを企図したのです。

P&Gは自社ブランドの半数の定価を下げ、大半の商品の一時的な値引きを止めた結果、前年比で利益を10%程度、節約することができたということです。このようなことから、ブランドロイヤルティの構築、カテゴリー内におけるプライベートブランドの参入回避、製造コストと在庫コストの削減につながったというウォールストリートジャーナルの記事を、ケラーは取組みの成果として引用しています。


但し、米国のスーパーなどで何度か買物をしたことがある人であれば、誰もが知っていることですが、EDLPだからといって、商品を週替わりのように割り引く販促をまったくしないというわけではありません。消費者の購買意欲をより喚起するために、季節催事などによる販売促進は行われています。ここで重要なことは、各者がウィンウィンの関係を築けるように、単に目先の売上げや利益を追うのではなく、根源的な問題を解決するために、長期的な観点で打ち手を考え、各者一緒になって、まずは実行してみるということだと言えるでしょう。


日本では、EDLPはウォルマートでお馴染みでしょう。かつてウォルマート傘下だった時のGMSの西友は、時間をかけてEDLPによる売場運用を定着させたようです。食品スーパーのオーケーもEDLPで常時低価格販売を実現させています。小売業でのEDLP(日本では、エブリデイ・ロー・プライシングではなく、エブリデイ・ロー・プライスと言われています)は、大々的な特売を行わないため、集客自体をおよそ平準化できることから、売上げや利益の目途をつけやすくなります。店舗の運用コストの低減につながるのはいうまでもなく、実際、特売品などの品出しや陳列変更、ピーク時などを想定した通常以上のレジ要員を手配する必要もありません。

さらに、EDLPによって、自動発注の精度は上がり、自動棚割なども取組みやすくなります。こういったことから、両社の営業利益率は同業他社のものより高いものになっています。日本の小売市場のハイ&ローの弊害は、随分前から指摘されてきました。けれども、それを継続して改めようとする活動は、残念ながら未だにごくわずかです。

メーカーは、小売業から納入価格の引き下げ要求は当たり前、たとえば原材料に為替や天候の影響を大きく受けるものが使われていようと、お構いなしの感があります。そのため、メーカーからすると、売上げが伸びた割には、利益がまったく増えないということは珍しくありません。ハイ&ロー、特に激しいハイの特売に依存した販売は、メーカー商品のブランド価値を毀損させる可能性があり、小売業にとっても消費者の値頃感を低下させることにつながります。加えて言えば、特に食品スーパーなどでの特売で得た売上げは、単に需要を先取りするだけだともいえるでしょう。過度なハイを繰り返せば、小売企業同士の熾烈な価格競争に発展するのは、容易に想像がつきます。

また、消費者にとっても良いとは言えない面があります。小売業からの要請に応えざるをえないメーカーは、特売価格実現のために、原材料の質を下げたり、仕様変更せざるをえないこともあるでしょうから、最終的には消費者に跳ね返ってくることになります。近年、日本の消費者の質的低下、たとえば安ければそれでいいとか、商品の中身(原材料や製法など)を見ずに買ったり、とにかく自分では調理せず安価なできたて総菜で毎日の夕食を済ませるといったことの原因のひとつになっているように思えるのは筆者だけでしょうか。


ブランディング (7)マーケティングミックス④ プレイスその5

前回(プレイスその4) の続きで、今回もチャネルを中心とした産業構造のレイヤー化についてです。はじめに、あらためてレイヤー構造化の定義をしておきたいと思います。 レイヤーとは、層や階層を表す言葉です。 ビジネスにおけるレイヤー構造とは、 ビジネスの要素である データや情報、プロダ...